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2021年のプリツカー賞の意味

Pritzker Prize:プリツカー賞という賞についてご存じでしょうか.よく,建築界のノーベル賞という言葉で紹介されますけど(個人的にはどこか腑に落ちない部分はあるのですが)建築界において世界で最も権威のある賞という意味では確かにそうかもしれません.

さて,毎年一人(一組),それまでの功績と合わせて委員会により選考されます.そして,つい先日,2021年の受賞者がフランスを拠点に活動する Lacaton & Vassal というユニットに決まりました.

SNSで流れてくる情報でそのニュースを知った僕は,その時がすでに夜遅かったにも関わらず,思わず「おお」と声を上げてしまいました.それくらい意外な選択でした.確かに,昨年度の受賞はイギリスの女性建築家のユニット Yvonne Farrell and Shelley McNamara という日本では殆ど知られることのない建築家が選ばれたことからすると,もちろん日本での知名度などはまったく関係ないので当然と言えば当然なのと,彼女たちに比べたら,日本でも雑誌の特集が組まれるくらいには知名度があった彼らの受賞に僕が驚きすぎたのかもしれませんが,長い間彼らのことを現代の建築家として最もクールだと触れ回っていた僕からすると,意外性というよりは,素晴らしい!的な感嘆の声だったのかもしれません.

彼らのことをシニカルだとかチープな材料の建築だといって批判する人もいますが,いや,彼らは大まじめに彼らの信念をプロジェクトに反映させています.初めて僕が彼らの作品を目にしたのは,初期の代表作「ラタピ邸」をはじめとする作品を雑誌で見たときでした.2003年ごろだったと思います.実際にラタピ邸が出来たのは1993年という事なので,彼らは常に30年近くその信念を貫いてきたという事になるんですね.近年,その信念を彼ら自身は「Always Add」という言葉で表しています.確かに,近年サスティナブルという文脈で高い評価を得ている古い集合住宅のリノベーションのプロジェクトに代表されるように,彼らの建築が携えているそういうエシカルな面が現代において彼らを一段と重要な建築家として持ち上げているところがあることは否定できませんが,彼らの主眼はそこではありません.自由への可能性,と彼らが良く言うような,空間の寛大さ,そこで行われる人間が自由であるための空間づくりにあります.

象徴的な例としては,例えばある公園をもっと良くするためにリサーチを依頼されて,でも必要であれば最終的には「何もしなくていい」と答える,というエピソード.ハーバードでの講演(2015年)で語っています.(1:23:15あたりの質問に答える形で)

何が必要で何が必要でないかのジャッジが極めてシビアなんです.だから,彼らの建築の仕上げは工業製品そのままの仕上げで終わっているんですね.僕はそれをそのような背景の思想を理解したうえでカッコいいと思いますが,反対に荒々しくてとても住宅とは思えない,と考える人もあると思います.

確かに,家具や住む人の暮らしの道具が入っていないと殺風景な家のように思えるかもしれませんが,ぜひこれを見てください,如何にこの無機質な「自由」が豊かに使われているか.

つまり,彼らは現状の建築に対してある種のカウンターであり続けているという事なんです.限りあるコストで最大の空間の大きさを得るためには,材料も安くなくてはならない.経済と空間のバランスを最終的にはミニマリストをはるかに超越した簡素でマテリアルそのものがダイレクトに表出する美しさ(僕はそれを美しいと思う)に昇華させているところが彼らの最大の知的な魅力であり,知的であるということが見た目の豪華さやある種の「らしさ」に勝っているというステイトメントなんです.実にフランスらしい態度と言えばそうなのかもしれません.

今回のプリツカー賞が彼らの元に授けられたことの意味を考えると,やはり価値観の転換を促す,ということになるのかなと思います.すでに,昔のように建築がどこかエスタブリッシュされた階級の人のための権威の道具として期待されているような世界はすでにない...と思っていたらトランプ時代のアメリカがそんなことを議会決定していた(バイデンになって撤回されましたけど)のを思い出しましたけど,僕が期待するのはもっと身近なところで,今の縮小する経済と得られる空間の価値のバランス,まさに,安くても豊かな空間が可能であること,潔いほど削ぎ落された空間や生の材料がそれに大きく関与していること.建築を豊かにするのは,材料のリッチさや見た目のカッコよさではなく,そこに住む人そのものだという事のメッセージになればいいなと思います.

また,今回の選定委員の委員長が,アレハンドロ・アラヴェナだったという点も大きいと思います.確かに,彼の建築の思想と通じるものがあります.

アンヌ(Lacaton)は,この動画の最後で,インタビュアーの「 Isn't it a dream to have this one iconic building and everybody could know your name?  みんなが知っているような特徴のある建物を作って,みんながあなたの名前を知るなんて夢は持っていないと?」という質問にこう返しています.「 No, not really.  まったくないわ」 ...なんてカッコいいんだ.


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