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合唱ー➖楽しむことと競うこと

 新型コロナ禍の故で中止となっていた合唱祭も、4年ぶりに復活して、久しぶりにステージで歌いました。
 転居のため、50年近くも一緒に歌っていたコーラス沙羅に別れを告げて、新しく見つけたのが、偶然にも、何と市で一番古い60年の歴史を持つ合唱団でした。団員の老齢化で、人数は少なくなっていましたが、ベテランの仲間たちに囲まれて、女学校の頃歌った『流浪の民」や、混声合唱の『美しく青きドナウ』など全11曲を、 今までの、コンクールに臨むのとは一味違った雰囲気で、楽しめました。

 話を、先ずタイトルに戻しましょう。

 世の中には、コンクールとか選手権とか、さまざまな技を競って順位を決めるもので溢れています。音楽、美術、スポーツなどは言うまでもなく、この節は、テレビの視聴率のようなものまで、順位の為に血道を上げる始末。

 勿論、競うことによって、能力も上がり、結果が出ればそれなりのメリットもついて来ます。

 私の興味のある音楽で考えるならば、例えば、ショパン国際ピアノコンクールのようなのは、受賞すれば世界的に演奏家として、その後の活躍が保証されます。
 これは、どこの分野でも同じような状況が見られるのは当然のことではあります。

 合唱にもコンクールはあります。小学校の校内合唱コンクールから、プロ並みの実力を持つアマチュアの合唱団に至るまで。 順位はつけますが、その結果に実益は伴わない。得るものは演奏者たちの達成感と連帯感のみと言ってもいい。
 その指導者が高い評価を得て、その後の指揮活動に大きい実益をもたらす事は屡々ありますが、合唱コンクールで競うのはそこまでで、他の競技のように、国際レベルで順位を競うということはありません。  
 しかし、高い評価を得た合唱団は、自分たちの作り出す美しいハーモニーを、多くの人々と分かち合おうと、世界中で活動をしています。

 戦後のある時期、世界の有名な合唱団が続々と来日公演をしました。合唱王国と言われる北欧の国々からを始め、アメリカからは個性豊かなロジェワグナー合唱団など、ヨーロッパでは、特に"天使の声" と評判のウイーン少年合唱団が馴染み深いでしょう。

 合唱や合奏の醍醐味は、演奏している本人が楽しめること。一人では作り出せない美しいハーモニーの中に身を置くことが出来ます。もうそこは競う場ではなく、調和の美を生み出す世界の一員である幸福感に満たされます。

 合唱で歌われる曲は、 新曲もどんどん作られて、コンクールなどでも歌われますが、特にシニアの年代では、西洋のクラシック音楽をベースにした感性のものが好まれるようです。
 優れた日本の童謡の多くは 西洋の音楽を学んだ明治の先輩たちによって作られました。幼児からそれに親しんで育った日本人の間で、何故クラシック音楽が、それほど普及しないのか。  もっとこれらの音楽の素晴らしさを知らせるべきだという機運が高まっています。

 合唱に関連して、私もこれを願うことは同様ですが、それはまた、別の機会に語らせて頂きたいと思っています。

ウィーン少年合唱団のクリスマス
https://wmg.jp/wienersangerknaben/discography/21649/


*サムネイルの写真は1992年、お母さんコーラスフェスティバルにて




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