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『土偶を読むを読む』出版後、四方山話

今年(2023年)4月28日に出版された『土偶を読むを読む』。皆さんお手にとって頂けたでしょうか?

検証・批判する元本『土偶を読む』の存在を前提としているため、普通に考えると、非常に間口の狭い書籍であるにも関わらず、6月に2版、11月に2版2刷、実質3刷となり、部数も1万部を越えることができました。ひとえに読んでいただき楽しんでいただいた皆さんのおかげです。もちろん部数だけで言えば『土偶を読む』(現在9刷?)に今のところ全く歯が立ちませんしベストセラーとは言いませんが…。

この本の企画は簡単ではありませんでした、出版後に起こり得る状況がある程度想像できるだけに、何度も逡巡し、どう編集すればいいのか途方に暮れ、そもそも検証し反論するためにあらためて勉強しなければならないことの多さに、編集・執筆を始めてからも何度もイヤになっちゃったりしていました。

ですが、この年を振り返り、今となっては本当に出して良かったなと思っています。もちろん良いことばかりではないのですが…。

出版後、今まで『土偶を読む』絶賛一辺倒だったSNSの風向きが変わる

これはかなり極端に変化しました。『土偶を読むを読む』出版前は、ネット上に批判があるぞ、学会誌に批判が載ったぞ、という情報はSNSに流れても、学会誌を読む人はそもそも『土偶を読む』に懐疑的な人がほとんどだったし、『土偶を読む』で展開された説を信じてしまった人には届きようがなかった。
『土偶を読む』出版直後はメディアや書店、SNSでは怒涛のよいしょ展開となり、2年経っても、「教科書が書きかわる」「目から鱗が落ちた」「そうに違いない」「いい線行ってるんじゃないか」という絶賛意見は未だ散見されていました。
しかし『土偶を読むを読む』後は、まったく逆の反応になる。
「最初からおかしいと思っていた」「やっぱりトンデモだった」とのSNSでの呟きが一気に増えました。顕著に分かるのはTwitterですが、『土偶を読む』のAmazonのカスタマーレビューも2023年4月までは絶賛一辺倒だったものが、『土偶を読むを読む』の告知をした4月の最初から一気に否定的な意見に変わっている。
これは特にSNSという場の性質が関連しているのだと推測しています、簡単に言えば、本を出すことによって、反論が空中戦から地に足がついたものに変わったと感じました。

「ネットに愚痴る事情や苦情なら 仲間と今日 曲を書こう」(舐達麻2023)とはまさにその通りなんだと思う。


『土偶を読むを読む』出足は良かったり悪かったり

出版の告知を兼ねた声明文がある程度SNSで拡散したこともあり、

ネット通販での出足は良く、Amazonのランキングも本全体での3桁番台を少なくともひと月以上は推移していました。書店でも神田神保町の東京堂書店の総合ランキングでだいたい5位以内を約ひと月程キープし、新宿紀伊国屋書店の人文書のランキングにも何週間か入り話題の本になることができました。

しかし、良いことばかりではありませんでした。
当初は図書館からの注文が極端に少なかった。別の本を批判する本ということで図書館に相応しくないという評価を受けていたかもしれません。または、『土偶を読む』が「良い本」という認識で図書館に入っているということもあり、反論本を注文するのは難しかったのではないでしょうか。現在はちゃんと注文してもらっているようで、順次図書館にも配架していただいているようです。まだの館はぜひよろしくお願いします。
また、東京堂や紀伊國屋書店で好調だったとしても、一部大手書店がほとんど仕入れてくれていない状況も続いていました。どことは言いませんが、『土偶を読む』をプッシュし、キャンペーンやイベントで『土偶を読む』を多く売った大手書店チェーンです。
出版当初に大手の書店で置いてもらえなかったら結構な痛手になります。本当は『土偶を読む』をたくさん売った書店にこそ『土偶を読むを読む』を置いてもらいたいと思っていたのですが、そこは上手く行きませんでした(現状では一部を除き全く置いてもらえていないわけではないようです)。しかし、どんな本を売るかは書店の自由ですし、仕方のないことなのかもしれません。書店には書店のお付き合いのあり、信頼の置ける出版社である晶文社さんに気を使ったのかもしれません。これも苦戦した部分です。
また、発売当初にメディア露出が少ないことも販売にマイナスでした。今まで何冊か本を出してきましたが、これまでと違って、発売当初はメディアからのお誘いや取材、書評のお知らせなどがほとんどありませんでした。『土偶を読む』は発売当日にNHK、次の日にweb記事、その後も間髪入れずにメディアに露出していることを考えると、この格差には震えました。やれることといえば自分でnoteを書くくらいのセルフパブと、版元が「えいやっ」とサンヤツ広告(新聞紙朝刊の1面の出版物の広告の規格。 3段8等分のサイズでサンヤツ)を出してくれるくらいで、スタートダッシュにメディアは乗ってくれませんでした。
とはいえ番組や紙面で紹介するにしても説明がややこしい本なので仕方がないとは思っています。本音を言えば『土偶を読む』を紹介したメディアはこちらも取り上げて欲しいなと思いますが……。
その中でも『土偶を読む』発売直後に記事を出し、めちゃめちゃバズらせたJBpressで記事が出たことは良かったなと。

こちらのHONZの書評は比較的早く出していただいた、ありがとうございます。(HONZでも『土偶を読む』の書評も出ています)

こちらの書評も同じくらいの時期に出していただいた。


再反論の声はまだ届かない

『土偶を読む』サイドに討論会を申し込んで断られたことはこちらのnoteに書きました。

もちろん今現在でも、『土偶を読む』サイドからの再反論などの声は聞きません。何かしらのコンタクトもこちらにはありません。それどころか注意深く『土偶を読むを読む』について話題にすることを避けているように思えます。また、『土偶を読む』サイドに限らず、『土偶を読むを読む』での検証や批判に対して、何らかの建設的で発展的な批判や再検証は今のところ出ていません(※1)。
また、『土偶を読む』を「正しいぞー」「教科書が書き変わるぞー」と、大きく評価しその売り上げや、世間に広まることを後押ししたたくさんの識者の皆さんも『土偶を読むを読む』出版後、何かこの件で発言したのは、僕の知る限りいとうせいこうさんだけでした(※2)。
もちろん『土偶を読む』の著者である竹倉さんの反応がわからないことにはコメントしようがないのかもしれませんが、専門家の評価を頭から無視し、『土偶を読む』を世間に喧伝したわけですから、できれば『土偶を読むを読む』をぜひ読んでいただき、その上でもう一度再評価してもらえたら嬉しいなと思っています。縄文時代や土偶に興味なんて最初から無かったのかもしれないですが。

ちなみに『土偶を読むを読む』に建設的で発展的な批判や再検証は来ませんが、「文体が嫌い」「不快」「寄ってたかっていじめている」「便乗商法でしょ」「なんかしつこくて嫌」などなどの批判はそれなりにあります。
もちろん縄文時代、考古学の専門家の立場も皆一様ではなく、このような本の出版をあまりよく思っていない方もいて、SNSで嫌味なことを言われたりもしますが、検証内容やそれ以外の論考などへの表立った批判は今の所ありません。

※1『土偶を読むを読む』で対談に参加してもらった佐々木由香さんから、出版後にいくつかの指摘をもらい、検証内容に変更はありませんが、それは再検証して第2版に反映しています。また、考古学界の男女比率や、本書の執筆陣の(男女の)偏りについての意見はいただいていて、こちらは現状ではその通りの部分も多い。
※2いとうせいこうさんは中日新聞の取材で本書に対して「ぐうの音も出ない、素晴らしい反論書だ」とコメントしている。


『土偶を読むを読む』は便乗商法か?

的を射た批判が無いとはいえ、いくつかあった批判には答えていきたいと思う。
『土偶を読むを読む』は便乗商法であるかどうかでいえば、そりゃ違うだろうと鼻で思う。確かに『土偶を読む』が前提にある出版ではあるけれど、『土偶を読む』の評価に後のりしたり、あやかるような内容ではなく、また便乗商法で一番重要である「事に乗じるスピード感」は本書にはない。出版時期を決めずにスタートし、編集や執筆には1年以上はかけている(まあまあ早いが)。スピード感よりも時間をかけてもきちんと反論しきるものにしようという意図があった。その上で(トンデモの)検証という雪かきを、どれだけ読者にとって意味のあるものにするべく、かなり悩みながら作った本だ。
『土偶を読むを読む』の出版時期には『土偶を読む』には便乗が成立するような出版当時の勢いはなかった。それどころか『読むを読む』が出たことで、『読むを読む』を読むために『土偶を読む』を読んでみようと考える方も少なからずいて、結局のところ『土偶を読む』の売り上げにも貢献しているようでもある。

『土偶を読むを読む』の出版には反発や批判だって予想されるし、前提とする本があるという間口の狭さ、ベストセラーといっても「縄文」というジャンルの中のもので、10万部も売れているわけではない本の検証は出版社を含めこちらには大したメリットは予測できない。金銭的にもなんにしても。
便乗商法?って、これが? 冗談でしょ。

「いじめ」、「やりすぎ」、「悪口が鼻について読んでいて不快」、「しつこい」「下品」という感想もある。

もし、やりすぎと思ってもらったら、それは必ずしも悪い感想ではない。なぜならそう感じるということは、『土偶を読む』をキチンと検証できていることにつながるからだ。「やりすぎ」なぐらい執拗に、色々な角度から検証することは、「いじめ」のように見えてしまったかもしれない。しかし、聞いたことはないだろうか、一番のいじめは「無視すること」だって。
いずれにせよ、検証が中途半端で生ぬるいものであれば、後半のさまざまな論考につなげることが難しく、ここで手心を加えることはできなかった。
付け加えると、検証の中で使った強い言葉(例えば、「皆目見当違い」)は、『土偶を読む』の中で、著者である竹倉さんが考古学を批判する時に使った言葉をそのまま「お返し」しているだけにすぎない。なるべく彼が考古学を揶揄したニュアンスを越えないように中身をチューニングはしている。
実際には、一箇所だけそれを超えて強い言葉を使っているが、もちろん人格攻撃などは本を通して一度も使っていない。
あと、「しつこい」のは、「しつこく」やろうと思ってるので、「しつこい」と言われてもしょうがないなと諦めています。

小説家から書評が出る

『土偶を読むを読む』のテーマの一つは「面白い物語とどう戦うか」でした。「面白い物語」は普段は頼もしい味方で、人には絶対的に「面白い物語」が必要だと思っていますが、「面白い物語」が間違いやデマを世間に流したり、敵意を持ってその牙を剥いてきた時、どう対処すべきなのか。これは縄文に限らずさまざまなジャンルで参考になるようなテーマだと思っています。
発売からしばらく経ち、本書への書評がいくつかメディアに登場することも増えてきました。嬉しかったのは何人かの小説家が本書を評してくれたことです。名前を上げさせていただければ、絲山秋子さん、山崎ナオコーラさん、岩井圭也さん。
これは「面白い物語」を描く小説家として「面白い物語」に対する本書の姿勢を評価していただいての書評だと思っています。

こちらは文芸評論家の斎藤美奈子さんの評。

また、今年の人文書を代表する『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』の著者のお二人と一緒にイベントを行い、共闘を約束できたこともよかったことです。


Vtuberの儒烏風亭らでんさんに推薦される

ホロライブに所属する儒烏風亭らでんさんの企画、「書庫らでん」で、『土偶を読むを読む』が推薦図書となる。映えある「書庫らでん」第一弾の推薦の一冊として紹介されたわけだけど、影響力はかなり大きく、普段、全く縄文に興味のない方たちの感想を大量に見る機会となった。もちろん良い感想ばかりではないけれど、ほとんどは嬉しい反応を頂いて、すっかりホクホクでした。
そうでなくても、この推薦は書店でもネット書店でもはっきり動きがあったようで、今後、らでんさん、その企画は本そのものや書店を盛り上げる大きな力になりそうです。


紀伊國屋じんぶん大賞2024で9位になる

この賞は単純に売り上げだけではなく、読者の推薦と、出版社、紀伊國屋書店の書店員の推薦から選ばれる賞で、この年の人文書を代表する本が選ばれるという名誉ある賞だ。偉い先生方が審査するような権威的な感じじゃないもの良いなと思っている。
実は文学通信の担当編集と「じんぶん大賞には引っ掛かるといいよね」と話していただけに9位になれたのはかなり嬉しかった。ちなみに前出の『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』が見事大賞となりました。
ある本を検証・批判する、本書のような本はこういった賞とは無縁だと思っていましたが、読者や書店員の推薦があったということは、『土偶を読むを読む』はただの「検証・批判」だけの本ではないと思ってくれたということで、涙がちょちょぎれるほど嬉しい。そうです、本書は批判だけじゃないのです。

※『土偶を読む』の場合は著者である竹倉さんが「投票して」と呼びかけていましたがその年のじんぶん大賞のベスト30には入っていません。

では今後『土偶を読む』サイドからの再反論は来るのか

人文系に強い書店から漏れ聞いた話ですが、実は今年の春くらいには『土偶を読む』の続編発売の噂が一部の書店には流れていたようです。内容の詳細は分かりませんが、こちらの早稲田エクステンションセンターでの今年の6月の講義がベースになることが予想できます。

ですが、現時点で出版されていないということは何らかの方向転換や方針の変更があったのでしょう。いずれにせよ『土偶を読む』での読み解きはほぼ全て皆目見当違いであることは『土偶を読むを読む』であきらかにしたわけなので、『土偶を読む』をベースに考察を発展させるのであれば、それに対しての再反論や自己検証が必要になってくるはずです。
直接本の中で批判に答えるとはあまり想像できませんし、反論の余地もほとんどない気がするのですが、晶文社さんから出すのであれば、専門家を軽視するのではなく、味方に入れて内容を精査して、その上で読者に届けて欲しいなと思っています。

来年が楽しみです。では良いお年を。



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