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星空とラジオは似ている。

ラジオが好きだ。テレビやそれ以外のメディアを見ない日があったとしても、ラジオを聞かない日はない。昔はリアタイで聞かなければならなかったラジオ。それがポッドキャストでの配信が始まり、ラジコが始まり、webには様々な音声を配信するサービスも出来。ますますラジオが捗った。

一時期は一日5,6時間イヤホンからラジオを流していたものだけど、最近は少しペースを落として聞いている。面白すぎて他のことができないからだ。

縄文ZINEをはじめてから、嬉しいことに番組ゲストとしてラジオに呼ばれることも多くなった。深夜の準レギュラーになったこともあったり、ここ数年は平均すると月に1、2度はウキウキとラジオ局に足を運んでいる。

ラジオがなんでこんなに好きなのだろうか、一時期は完全にオワコンのように言われたこともあったラジオ。今ある様々なメディアに比べてたくさんの足りないことがあるラジオ。テレビやyoutubeに比べて映像が無い。様々なwebのサービスに比べて双方向性もそれほど高く無い。予算もそれほど無いし、なんとなく地味な印象もある。

他のラジオ好きや、よく言われるラジオが好きな理由は、「パーソナリティが近いから、本音が聞けるから」とか、「何かしながら聞けるのがいい」とか。「習慣だから」なんて理由もある。「震災時のライフラインとして」という真面目な理由もあるけれど、「ズバリコレ」という理由は、正直あまり聞いたことはない。

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話は少し変わって、旧石器時代、縄文時代、それからずっと現代まで。

星空とは一つのメディアだったんだと思う。僕たち人類は飽きることなく星空を眺めた。そしてその星空を介して僕たちは様々な想像をしていた。星は何も答えてくれないけど、人類は容易に星空に今の自分の感情を重ねていたんだと思う。星を見ているとなんだかセンチな気分になってしまうのはそんな理由なんだと思う。

だから想像や思いという形のないものと僕たちを繋げてくれるのが星空なんだと思う。星空は遠く離れていても僕たちの近くにいて、何も答えてくれないけど小さなささやきももらさずに聞いてくれる。上手くいかなかった狩の夜、彼の小さな孤独を慰めて世界と繋げてくれたのが星空だったんじゃないかと思う。

ラジオを聴きながら、夜の街を歩く。天気が良く都会の夜空にも少ないながら星が瞬く。そんな時、ふと思う。星空とラジオは似ているかもしれないと。形にならない想像が夜の空に溶けていくように、ラジオの音声は僕たちを世界に繋げてくれる。

僕がラジオが好きなのはこんな理由だ。

youtubeを最近始めたのですが、そんなことを思いながら録りました。誰かの想像の助けになるように、時代すら超えて色々な人に聞いてもらえますように。

タイトルは「ラジオ縄文ZINE」。聞いてください。



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