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まったく理解できない解説「柳瀬川縄文ロマン展」

東京にも縄文は多い。特に東京の西側、武蔵野台地を中心とした場所は縄文時代からかなりの人が住んでいたようだ。その武蔵野台地の東北の端っこの方、に清瀬市はあり、柳瀬川とはそこから埼玉に流れ込む荒川の支流の中くらいの川だ。

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今年もたくさんの縄文の企画展が開催され、各々見所があって面白かったのだけど、ことさらにこの清瀬市郷土博物館のこの展示を紹介するのはなぜかといえば、「理解できない」「狂ってる」「1メートル進むのに1時間かかる」「今年の裏ベスト」との感想で、一部の縄文好きに話題になっていたからだ。

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博物館に入り、感じたのは、展示室に向かうエントランスから異様な雰囲気。まるで凶悪犯を追いかける捜査チームの作る壁に作られた相関図のよう。すでに何かが溢れている。中にはちょっと何を行っているのかわからないコピーも。
展示室の前で簡単なパンフレットをもらう。展示は無料だ。

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展示室はそれほど広くはない。置かれている土器は面白い。ここ清瀬の500年の土器が時系列に並べられその変遷がわかりやすい。しかし近寄って解説を読んでみると…

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思わず唸る。これは…これはいったい。最初から最後までオリジナルな解説だ。およそ考古館や博物館という場所で目にする解説とロジックも使われている言葉も何もかもが違う。考古学的な解説は年代くらいで、解説は完全に図像学。それも同じ勝坂を扱っていても井戸尻とはまったく違う。蛇もミヅチも登場しない。レヴィ=ストロースや心理学からの引用が多い。

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唸ったのはもう一つ理由がある。何しろいくら読んでも理解できないのだ。飲み込みづらいを超えて、口に入れるのさえはばかられる。論の飛躍にまったくついていけない。これを見ると井戸尻考古館の解説がいかに完成されていたのかとも思う。

これらはすべて清瀬市郷土博物館の内田さんという学芸員さんの手によるものだという。がぜんお話を聞きたくなり、受付で内田さんはご在館ですかと聞き、運よく内田さんの解説でもう一度展示を見ることができた。

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直接話を聞くとパネルよりは理解できるような気もするけど、気がするだけな気もする。内田さんはひととおり解説してくれた。いつしか来館者全員(僕を入れて3名だけど)が集まって話を聞く。

なぜこういった展示になったのでしょうか?1から10まで聞いたことのない解説でびっくりしました。

内田「従来の考古学で言われていることを一切頭に入れず、まっさらに土器を見つめて考察したものです」

えっ、従来の考古学の研究を無視するって、そんなことアリなんですか? と聞きたくなったが、ここはぐっと堪える。

内田「柳瀬川流域のこの地域の縄文人の500年をコンパクトに追うことができるので、図像の変化を追うことができたのでこういった展示にしています。多分500年ここは同じグループの縄文人が住んでいたのでしょう」

考古学的な解説がほとんどなく、むしろ心理学や人類学、神話からの解説ですがそれはなぜでしょうか?

内田「考古学の外側には様々な学問の蓄積があり、それらによって縄文人の考えを解き明かそうとしています。このわたしの考えは間違いかもしれませんが」

少し弱気も見せる。それはそうだろう。きっとこれらの解説を考古学者は認めるようには思えない。内田さんと同じ方向を向いて一緒に研究する方はいたのだろうか。

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内田さんは続ける。

内田「今回の企画展は考古学としてみてもらうことを主題においていません」

内田「むしろ考古学以外の学問の世界への働きかけだと思ってください。心理学、人類学、神話学、特に言語学の方面から土器を考察してほしいとわたしは思っています。そうすればきっと縄文を解き明かす何かが見えるはずです」

ここに来てやっと内田さんの考えがわかった気がする。
たとえこれらの考察が間違っていたとしても、答えに近づいていなかったとしても、賛同する人が少なかったとしても(失礼ながら…)。柳瀬川ロマンとは、水面に投げ入れた小石だ。同心円に広がるその波紋は小さく、そして大きい。

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残念ながら会期は終了し、今はもう見れない。一部ネットではこの展示の是非についての議論も起きている。縄文時代を扱うとき、考古学的事実は厳然とそこにあり、そこから先の解釈の幅はあっても、大きな飛躍を許さないところがある。企画展、常設展示にかかわらず、まだ一般論化していない学芸員の個人的な思いはこっそり(その多寡はある)としか込められない。もちろんそれでいいと思うし、そうでなければ学問ではないと思う。

この清瀬の展示はそこからは逸脱している。この展示は純然たる学芸員の内田さんの研究の成果であり一つの解釈だ。論理が飛躍しすぎて誰もが付いていけないし、証明できないことに断定的でもある。どうも引用の筋がよろしくないんじゃないかという気もする。これを理解できるのは内田さん本人じゃなければ理解できないのではないかとも思う。日本中の企画展がこんな展示ばかりだったら問題だと思う。

それでもこんな展示があってもいい。どうしても画一的になりがちの縄文の展示と解釈に奇妙な形をした一石を投じたんだと思う。


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コメント1件

もし、幾何学を機械学習したAIが、縄文土器を解説したら、どうなるのだろう、と思わせる企画展かも。
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