家族のコミュニケーション

コロナで面会が全く出来ない中、父本人の意思を確認するのは容易ではありませんでした。

肺炎の治療で転院した救急病院から虎の門病院へ受け入れてもらう際、父は「俺は家に帰るんだ!」と激しく抵抗しました。母と私で、一旦虎の門病院で体勢を整えてもらってからうちに帰ろうね、と一生懸命言い聞かせましたが、父は断固として受け入れようとせず、大声で「帰る!」と叫びベッドの柵をしっかり掴んで、迎えにきたストレッチャーに乗ろうとしませんでした。兵糧攻めに遭っている中、よくもこんな体力が残っているものだ、と感心するほどの力で。
車に乗る時も母の手を潰さんばかりに握りしめ、力の限り抵抗していましたが、体力には限界があり、虎の門病院に着いた頃には大人しくなっていました。
胸は痛みましたが「さっきの勢いはどこ行った、おーーーいッ!」と軽口を叩き、我が家にとっては日常茶飯事!と涼しい顔でやり過ごしたものの、内心はかなり動揺しました。

父はいかなる時も最高の医療を求めていました。優秀な医師に執刀や治療をしてもらい、その後も長期に渡り経過観察をしてもらうことが自身の安心に繋がるからです。それでも不安は拭いきれないのですが、日本のトップクラスの医師に診てもらってダメなら諦めもつく!という考え方だったように思います。それは母と私にもしっかり染み付いていて虎の門でダメなら他行っても同じこと、と思っていましたし今もその思いは変わりません。
なので、その父が絶大な信頼を寄せている虎の門病院へ行くのを拒む意味がわかりませんでした。

面会が出来ないこととは関係無しに、私は父本人の気持ちを確認することなく自分の正しいと思う方向に突き進んでいました。それをズバリ旦那さんから「1番大事なのはお義父さんの気持ちだからね」と指摘されぐうの音も出なかったのを思い出します。
面会も出来ないし、今の父に判断ができるのか?という気持ちが働いていたのは間違いなく、私は勝手に陣頭指揮を取っていました。父の拒絶はそんな横暴な娘への抗議だったのだろうと何となく想像します。

人はいかなる時も尊厳を奪われてはいけません。
例えそれがその人にとって最善だと思われることでも、本人との対話は尊厳を守る意味で最も重視すべきことだと今回のことを通して深く感じました。

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