たましい、あるいはひとつぶんのベッド 3‐6

*タイトルは哉村哉子さんによる


 本棚の真ん中には雑貨コーナーが作られていて、ほかの収納部より比較的大き目にとられた空間に陶器の人形や砂時計など様々な小物が置かれていた。その中で一際ミチルの目を引いたのは、手のひら大くらいの小さなフォトフレームだった。はめ込まれた写真に写っている人物に、何だかとても見覚えがあったのだ。

 被写体になっているのは10か、11か、ちょうどそれくらいの女の子だ。白い丸襟のシャツを着て、肩まで髪を伸ばしている。胸から上のアップになっているので、そこから下の様子はわからない。

 女の子は何かに気を取られているようで、こちらに目線をくれていない。だけれども張り詰めたものは感じられず、子役のような芝居がかった印象はしなかった。盗み撮り、という言葉がミチルの頭によぎる。途端、冷たい手で内臓をまさぐられているような嫌な気分になった。

 かちんと何かが軽い音を立てるのが聞こえた。ふと振り返って視線を移すと、ノボルがティーポットに沸かしたお湯を入れている。入れ終わるとそれをティーカップと一緒に盆に載せて持ち、こちらに寄ってきた。

「砂糖か、レモンか。どちらを入れますか」

 それともジャムが良いのか、と額の上からノボルの声が降ってくる。つとめて落ち着いた口調だった。もっと高ぶった様子を想像していたので、ミチルはほっと胸を撫で下ろした。

 ストレートと彼女が答えると、男はポットから紅茶をカップに淹れて差し出した。ミチルはそれを受け取った。何も混じっていない紅茶は深い琥珀色をしている。ティーセットが柄のないシンプルな白いものであるために、中身の色合いがとても際立って見えた。

「この度は残念なことでしたね」

 テーブルの向こう側でソーサーを手にした相手が、ベッドに背を預けた姿勢で口火を切る。ええ、とミチルは短く返す。恵一が亡くなって以降、彼とこうして会うのも話すも初めてだった。

 ミチルの記憶が正しければ恵一が死んだ当日には、彼と連絡が取れなかった。なので、不承不承留守電で訃報を報告をせざるを得なかった。それから後日、ノボルは現金書留で香典と短い手紙を送ってきたはずだ。確かに、彼女には彼へ香典返しを出した覚えがある。ただ直接的にも間接的にも会話したことは一度もない。

 そういうことをミチルが思い返していると、彼は葬儀に来れず申し訳なかったと謝罪した。

「謝るには及ばないよ。人はそれぞれ事情というものがある」そうミチルは言う。

「あなたたちに起こったことは、とても、いたましいことだと思っている」

「うん」

「正直に言って、俺はあの人とはあまり――相性がよろしくなかったけれど、それでも俺は彼のことを、自分の中に精一杯に迎え入れてきたつもりです」

「ありがとう」

 恵一もそんな風に言ってもらえてうれしいだろう、とミチルはいう。相手は答えず、黙っていた。彼女に応ずる代わりに、ノボルはカップを手にして傾ける。それから少しして問いを投げてきた。

「俺の言うことを信じられますか?」

「信じられる」

 そう彼女は確かに答える。しかしノボルは黙り込んでいる。彼はカップを軽く傾けて、紅茶をわずかに飲んだ。ミチルの方もほんの印程度に口をつける。それから二人とも手にしたものをテーブルに戻した。ソーサーの底がテーブルの天板に当たって、かちりと硬い音を立てた。

 あの写真、とミチルはふと思う。あれが幼いころに塩見冬彦に見せられた物だろうか。話には聞いていたが、彼女は実物を見たことはなかった。もしそうなら祖父に出会ったのが小学生の時分だというから、二十年くらいずっと持っていることになる。

「ずいぶんと大切にしてるんだな」

 親指で背後のフォトフレームを示しながら、ミチルは彼に向って言った。

「嫌ですか」

「いいえ。自分が写ったものを丁重に扱われて悪い気はしない」

 まあ、盗み撮りは感心しないけれども――と彼女は最後に付け加える。するとノボルは顔を上げて、わずかに声を立てて笑う。長い日照りのために地割した田畑のように乾ききった笑いだった。

「返しませんよ」

 これは確かに俺が頂いたものですから、と男はミチルに視線を落としつつ最後に言い足した。やはりそうか、と彼女は思う。同時にそれもそうだなと納得した。

 思い返してみれば、ミチルにはノボルと一緒に写真を撮った覚えがない。これまでそんな機会は何度かあったはずなのだけれど。


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