たましい、あるいはひとつぶんのベッド 3‐4

※タイトルは哉村哉子さんによる。


 その言葉通り、彼は諦めなかった。手続きが終わった後も、ノボルは何かにつけて細目にメールや手紙をくれた。だいたいが季節の変わり目や、朝晩の挨拶だったけれど――ミチルさん、ご機嫌は如何ですか? ――そのあとに簡単な口説き文句らしいものがついてくるのが、お決まりの流れだった。――あ。それはそうと、結婚してください――

 あるときは電話ということもあった。これがくせものだった。何かの拍子に一度応答してしまうと、まるで激しい流れの川瀬にある水車みたいに滔々と話し続けるのだ。

 まず、ノボルと会話をする楽しいことであるには違いなかった。ミチルは基本的には彼に好感を持っていたし、ノボルも彼女の都合や気分にちゃんと関心を払ってくれた。だけれどもある程度の雑談を取り除けば、結局話すことは手紙で受け取るのとだいたい同じ内容になった。その事実は彼女の興を削がせ、みたいに気分を重くさせた。

 どうしてそこまで結婚がしたいのかと、あるときミチルは彼に訊ねたことがある。すると電話越しに答える声が耳に入ってきた。

「俺はあなたと一緒にいたいんです。目覚まし時計の鐘みたいにあなたの声を聴いて、鏡を見るようにあなたの姿を見る。そんな暮らしたいんです」

「でもさ。私は目覚まし時計みたいなそんな便利な物じゃないし、鏡みたいに君の顔をじっと見ていることなんて出来ないんだ。私は見たくないものは見たくないし、眠りたいときにはちゃんと眠りたい。そしてそのことについて、誰にも邪魔はされたくないんだ」

「……」

「なあ、深山ノボル君。今のままではダメなのか。こうやってときどき話をして、たまに会いに行くだけじゃあいけないの?」

「嫌だ」

 ミチルはノボルを素晴らしい友達だと思っている。これは本当のことだ。しかし同じくらいに、彼とは夫婦にはなれないだろうというのも確信していた。お互いの価値観を摺り合わせ、妥協点を見つけ、新しくライフプランを構築してゆくことに、彼はあまりにも躊躇というか戸惑いがなさすぎるのだ。

 そしてノボルのラブコール攻勢が始まってから、一年くらい経ったあと。ミチルは恵一と交際を始めた。親しくしている男性がいるというのは、交際開始以前からノボルに話はしてあった。けれども、その男性とある一線を迎えことを報告するのはさすがに緊張した。

「いいですよ、べつに」

 割合になんともないという風情だったので、ミチルは何だか拍子抜けしてしまう。

「俺は、待つのは得意ですから。これくらいならば平気です」

 戻ってきてくれるのなら、と彼はいう。

「そう。なら、わかった。でも、待つのは君の勝手だからね」

 あとは知らないぞ、とミチルは言う。はい、と相手は確かに答える。その会話から二年の年月を経たのちに、ミチルは大場恵一と結婚することに決めた。

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