たましい、あるいはひとつぶんのベッド 2-1

*タイトルは哉村哉子さんによる。


 数十年間生きてきた中で彼女も幾度かは経験をしてはいたけれども、新しく住む場所を見つけるというのは、やはりなかなか難しく慣れない作業だった。

 立地が良ければ賃料が高く、賃料が安ければ物件に瑕疵がある。瑕疵が無ければ隣人か大家に問題がある。女独りだからといって一階はダメだの二階は危ないのだのといわれたり、あれこれ詮索されたりするのは真っ平御免だった。

 そうして月曜日のこと。通算十三回目の物件巡りののちに大家を殴り倒して帰宅すると、彼女はとりあえず名探偵の街道未唯に電話をかけた。

「ヘイ! ポテト揚げてるときに電話をかけてくるとか、お前の頭には綿でも詰まってんのか? bébé野郎!」

 七回のコール音を経て回線が繋がると、そんな女の罵り声が聞こえてきた。どうやら名探偵は調理中だったらしいが、そんなことをミチルが知る由が無い。いきなりの威勢の良さに面食らったが、素直に申し訳ないなと思ったので、ミチルは名乗った後に一言謝罪の言葉をそえて通話を終了させた。確かに揚げ物をしているときに電話は危ない。

 適当な時間になったら掛け直そうかと考えていると、まもなく電話がかかってきた。海堂からだった。ミチルは迷うことなく通話パネルを押した。

「ごめんなさい。許してください」

 聞こえてきたのがあまりにもしおらしい声だったので、彼女の口の端は思わず吊り上がる。でも声は立たなかった。正直にいって、そこまで面白いことではない。

「もうその件については大丈夫なんで。それよりも相談したいことがあって電話したのですが、今、良いですか」ミチルはいう。

「なんだ、それを早く言ってくれよ。驚いたじゃんか」

 あいだも探偵は謝り続けていたが、ミチルが要件を告げると彼女は打って変わった調子で話し始めた。

 電話の女は名探偵と称される仕事に就いていて、ミチルとは事件に巻き込まれたときに知り合った。その腕前については詳しいことはわかりかねるけれど、何十人といた警察関係者が浮き上がらせたままだった謎を解明していったのを確かにミチルはこの目で見ているし、何よりライセンスも持っているので、ある程度の基準は満たしているのだとは思う。

 探偵とは有機的な問題解消装置である、というのが彼女――街道未唯の持論だった。手の込んだ群像劇みたいに筋が入り組んだ、長い話だったけれども、つまりは悩みなどがあれば相談に乗るよ――ということらしかった。少なくともミチルが聞いて、受け止めた限りでは。

 そいうわけで、ミチルは街道にこれまでの家探しの経緯を伝えた。夫が死んで、部屋が広すぎるので引っ越したいこと。カーテンの色がどうのこうと気にするのが面倒くさいこと。そして住所は忘れたがどこぞの大家に夫を亡くしたと伝えたら、お寂しいんじゃないですかと鼻を伸ばした顔でいわれたこと。引っ越したら入籍を機に眠らせた玄関用の金属バットの封印を解かなければならないこと。

「なるほど。それは気の毒したね」

 そんなしみじみとした言葉を聞いて、ミチルは黙り込んでいる。まるでボーガンか何かで死角から胸を不意打ちに突かれたような心持になって、いま現在にふさわしい言葉が咄嗟に思い浮かばなかった。それからややあって、自分が戸惑っているのがわかる。彼女としてはただ事実を伝えただけで、別に同情してほしいわけではなかったのだ。

「つまり君は余計な気力と体力を使わずに、新しい部屋が手に入れたいわけだ。オーケー。オーケー。わかった。ちょうど良い所を知ってるんだ」

 混乱の中で名探偵がそう言ったのを、ミチルは確かに聞いた。

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