たましい、あるいはひとつぶんのベッド 3‐8
※タイトルは哉村哉子さんによる。
このキャンプ以降、三人でどこかへ出かけることが度々あった。目的地は海辺だったり温泉だったり、水族館だったり、動植物園だったりと様々だった。そしてその場所はきまって車か、列車で行くしかないようなころだった。
小旅行を重ねてゆくうちに恵一とノボルは、二人だけで会うことが増えていった。どうも酒を飲み交わしているようで、夫は紅を差したように色づいた頬で帰ってくることが多かった。
ノボル君と一緒にいたよ――。楽しかった、と滑舌が甘くなった言葉で恵一がそう言ったのを彼女は覚えている。また同時にあくる朝にあったノボルから電話もミチルの中で強く印象に残っている。
彼女は二人に何があったのかは聞かなかった。そんなことをするのはひどい野暮天な気がしたのだ。また恵一もノボルも、ミチルに具体的な報告はしなかった。ただ彼らが連絡を取り合って、度々顔を合わせていたのはしっかりとした事実だ。そしてあくる日の二人の顔つきはさえざえとして、少しだけ楽しそうに思われた。実際のところはわからないけれど。
そうだ。ミチルには実際のことがわからない。この男は自分との結婚を望んでいた。しかし彼女は別の人物と婚姻関係を結んだ。これが彼にしてみれば気分は良くない出来事なのはわかりきっている。その恋敵と寝食共にするというのは、一体どういう心持なのだろう。少なくとも快くはないというのは彼女にも容易に想像し得た。そうであるならば、写真を撮りたくないのも合点がいく。まあ、ミチルの方が誘わなかったせいもあるだろうが。
「馬鹿にしてくれるなら、してくれていいんですよ。俺はあなたをそんな風に見ている男です」
そのようなことをベッドの上からノボルが言った。
「そんな風ってなに?」
ミチルが訊ねる。男は答えなかった。かわりに吊り上げた口角をすっと元に戻して、じっとこちらを見つめている。眉間にしわが寄って眉尻も下がっているので、何となく相手は戸惑っているように思われた。
そんな風ってなんだ? ミチルは再びノボルに問い質す。今度はいささか語気を強くし、声音を高くして。すると彼は足を組み直しながらこう答える。
「教えてさしあげたいですけれど、どうせ嫌だと仰るでしょう」
「内容にもよるだろうけれど、おそらく十中八九そうだろうな」
「一つ。俺から言えることは、とても嬉しいということだけだ」
ノボルはミチルを睨んでいる。もし人が視線で誰かを刺し殺せるならば、自分は死んでいたかもしれない。そう思えるくらいに剣呑な目つきだった。
「でも、気の毒だといったのも本当なんです。それは信じてください。だけどそれよりも、あなたが独りになってくれたのがとても嬉しいんだ。もし死んだのが俺ならあの男は心から悼んでくれるでしょうけど、俺は違いますからね」
自分ならば絶対にあんな風には振る舞えない――。口にしているうちに相手はどんどん興奮してきたらしい。次第に早口になり、声量も大きくなってきた。しかし興奮の度合いに反して頬に赤みは帯びずに、かえって血の気が引いて顔色が青白くなってゆく。その様子は怖いとか気圧されるというよりかは、何だか痛ましかった。そしてその姿はまた、ミチルに胸に突き刺すような寂しい印象を相手にもたらした。とりわけ、この人に自分がここまで言わせてしまったのがミチルには一番悲しかった。
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