見出し画像

『我ら』

彼の前職


 ここ最近、彼はじっとしていることが多い。椅子に座った……あるいはソファに横になったまま彫像みたいに動かないのだ。どうやら何かの処理をしているらしい。訊いてみると断片化されたファイルを統合したり、いらないものをクリーンナップしたりしているという。

「こういうのはまめにやっておかないと、後々めんどくさいから」
「タンスとか本棚とかと同じだな」
「そうだ。整理してたら、おもしろいものを見つけたんだ」

 ウェアラブル端末を起動してごらんと彼は言うので、私は視界を切り替えた。すると目の前に中指ほどの背丈をした、小さな人形みたいな物体が現れる。

 お人形はちんまりと、何がなんだかわからないという風にテーブルの上に座っていた。姿かたちがデフォルメ化されているために顔の輪郭は丸みを帯びており、手足にいたっては本当にただの円形になっている。綿を詰めたような体つきはふにふにと肉感的で、もし触れたらきっと柔らかいはずだと思える。しかし出来ない。人形は仮想空間内の存在なので、触ろうとしても指先がすうっと体を通り抜けてしまう。
 そして装いや髪形はどことなく誰かを彷彿とさせた。

「自動ロボットだ。むかし、仕事の合間の手慰みに作ったんだ」

 彼の言葉に呼応するようにロボットはンミ! と音声を鳴らす。梅雨が終わった後に久しぶりにシーツを洗濯したように、にこやかに。少し甲高いが、不愉快にはならない適切な声域に加工された音だった。耳がくすぐったくなって、もっと反応を引き出してみたくなる。そんな音声だ。

 しかし返答パターンはあまりないらしい。どんなに話しかけても、ンミミ! としか返ってこない。そのぶんボディーランゲージや目や眉の表情は豊かで、喜怒哀楽はなんとなく感じられるのだが。

 喋れないのかと彼に問うと、そこまでは気が回らなかったと相手は答える。

「あのころは腰を据えて会話するよりも、オンライン上を動き回ってくれたほうが助かったんだ。手足にしてたから」

 高度なコンピューターは思考を分割し、同時に用途の違う計算処理をいくつも並行できる。たとえば左手でアイロンをかけ、右手でノートにペンを走らせているみたいに。そのような機能が彼にも搭載されており、このロボットも彼が分け離した部分の一つだった。なんでもこれを通して業務の傍らで、映画や音楽を視聴していたらしい。
 もう時効だけどね、と彼は口にする。

「でも、なんで今までしまっていたんだ?」
「なんでだろう。理由があるはずだけど、なんだったかな」
 ンミミミーッ! そんな会話を交わしていると、ミニロボットが急にひときわ強く声を張り上げる。そうして豆のように勢いよく、彼の右肩まで跳ね上がった。ついでさも苦々しそうなしかめっ面で、両手で耳たぶをつまむ――というかつまもうとする。

 しかし望みは叶わない。このロボットはデジタル上の存在だから、物質に触れようとしても素通りしてしまうのだ。それでも眺めていて、あまり気分のいいものじゃない。

「こらこら、やめなさい」

 そう私が言うとロボットは彼から飛び降り、床の上を小さく短い脚で駆けていく。去り際にあっかんベーも忘れない。
 待ちなさいと彼が制止しても止まらず、後ろ姿は次第に遠のいていく。まもなくドアをすり抜けて、やがて姿を隠す。廊下に出たロボットを彼は追いかけて、話はいったん流れてしまう。

     *

 ある程度は自己判断が出来るようにロボットを設計したと、彼は言っていた。その影響のためか、ロボットの自立心はとても旺盛なようだ。データを格納しようとするとコマンドの有効範囲から逃げ出したり、どこかに身を隠したりして抵抗を示すのだ。その様があまりにも一生懸命なので、私たちはしばらくのあいだロボットをこのままにしておくことにする。

「まあ久しぶりに起動させたしね。外の空気が新鮮なんだろう」

 その翌朝のこと。洗面所で顔を洗っていると、鏡越しに廊下を歩くロボットの影を見た。タオルで顔を拭いながらぼんやりと視界に入れていると、ロボットはそのままリビングの方向へ通り過ぎる。その後ろ姿がなんとなく気になって、私は廊下に顔を出してみた。けれど、すでにドアの向こう側に抜けてしまったのか、もういない。

 何だろう、見間違いかな。そう思いながら視線を鏡の前に戻す。まもなく私は洗面台の上に腰かけたロボットと対面する。お互いに眼差しが交わった瞬間、ンミ! と、相手は小さく声を上げた。片手をあげているので、きっと挨拶をしてくれているのだろう。実際、おはようと言ってみると目じりを下げた顔になった。

「一日を洗面所から始めるのは善い心がけだな。冷たい水は気を引き締めてくれる」

 もっとも君には意味はないかもしれないけれど、でも、とても良いことだ。私は手を差し伸べる。するとロボットは手のひらによじのぼり、やがて肘に向かって移動し始めた。またたくまに腕を駆け上って、やがて肩の上に落ち着く。
 そうして私たちがリビングに入ると、彼がコーヒーカップを持ったまま、きょとんとした顔つきでじっとこちらを見る。ついでキッチンカウンターの向こうから、彼はこのように問いかける。

「もしかして、ずっと一緒だった?」
「いや、いましがた洗面所で会ったところ」私は答える。
「おかしいな。さっきまで、そこにいたような気がするんだけど」

 私と彼は室内を見回す。しかし何もないし、誰もいない。テーブルやカーペットなどあらかじめ備えつけられたものや、私たち以外には。
 念には念を入れて、と彼はウェアラブル機能で視界をロボットと同期させる。ぴしりと体を硬くさせたのち、まもなく硬直を解いて首を傾げた。画像に表示されているのは自分の顔だけだという。

「こういう朝もある……のか?」
「さあ、どうだろう。私も月曜日かと思ったら、日曜日だったこともあるけど」
「なら、勘違いっていうのもないではないのかな」

 自分の内側に染み込ませていくみたいに一言ずつ、彼はゆったりとした調子で口にする。けれども言葉を発するときの顔つきは、あんまり納得していないように見えた。
 でも結局、彼の気のせいということになる。本人はいぜんとして釈然としない様子だったけれど視界が一つしかないのも、部屋の中で変わったところはないのも事実だったからだ。

 こんなことがあった数日後。彼はハンドモップを片手に、階段の昇り降りを繰り返している。シャクトリムシを連想させる、腹ばいになった姿勢で。一体何しているのかと話しかけると、蹴込の隙間や側桁の角のほこりを取っているのだと言う。

「こういうことは、きちんとしておかないと」

 それからの3日間。彼は用事のあるとき以外には四六時中、家の中を動き回っていた。チェストの下にゴミが溜まっているとか、ソファのあいだに落ちたコインがあるはずだとか。そう口にしながら廊下を行ったり来たり、部屋の扉を開け閉めしたり、庭をぐるぐる歩き回ったりする。そして箒や軍手を手放さないし、掃除ロボや草刈り機の稼働音が絶えることがない。

 掃除すること自体は善いことには違いないし、別にかまわない。私が気にかかっているのは彼に内蔵されたコンピューターの処理が、普段よりも重たくなっていることだった。

 体に触れてみると少し熱っぽい。人間なら風邪じゃないかと思うくらいに。そんな状態で活動を続け、そしてある瞬間、いきなり動かなくなる。その様をなんと表現しようか。どうにか人間の場合でたとえるなら、とてつもなく強い麻酔を不意打ちでかけられたみたいに見えた。そうしていささかののちに復活すると、また家の中を掃除し始め、また時間が経つと力尽きることを繰り返す。
 そんなぐあいだから、彼はずっといらいらしている。

「うるさい! 僕はどこもおかしくない!」

 私が臨時のウィルスチェックを持ちかけると、彼はにわかに怒鳴る。その語勢があまりに強く大きいので、あたりの空気が震えて、肌がびりびりと痛む気がした。

「いちおう見てみるだけだから。何ともなければ、ないでそれで安心だし」
「自分の家を掃除して何が悪いんだ、言ってみろ!」
「悪くはないけど、今の君は落ち着きがないというか」
「だいたい君の片づけ方いいかげんだから、僕がこんな風に働かなきゃいけないんだろう! ちゃんとわかってるのか、一緒に暮らすってどういうことか」

 怒髪天をついているところに、平身低頭で協力してくれるように頼み込む。くわえて一週間のエアブロアーの代行をとりつけると、彼はようやく臨時チェックを承諾してくれた。
 でも、まだ気がおさまらないらしい。私が仮想空間にキーボードやディスプレイを展開する傍らで、リビングのソファに横になった彼がぶつぶつ口を動かす。まったく! これで何もなかったら、笑い袋の刑からな!

 どうにか彼をなだめてスリープモードに移行してもらったところで、管理者権限を使い、コントロールパネルの表層部から深層部まで順繰りにスキャンをかけていく。すると、彼がどこからかデータを受信しているのが判明した。

 プロテクトのかかった音声、動画、画像、テキストなどあらゆる情報がどんどん彼の中に流入していく。それも絶え間なく、膨大に。これらがOSの容量を圧迫し、彼のパフォーマンスを低下させているのだ。

 外部回線からウィルス、あるいはならず者のハッカーが侵入したのか? しかし一週間ごとにチェックはかけているし、前回も不審な点は見当たらなかった。千桁のパスワード群からなる多重構造のファイアーウォールも突破された形跡はない。なにか見逃しているのか。しかし彼に搭載されたセキュリティースイートの品質は最高峰だ。絶対にありえないとまでは言わないが、細やかな網の目を掻い潜るのはなかなか難しいと思う。
 トロイの木馬かとも疑う。だがダウンロード履歴によれば彼はここ一か月、システムサポートに必要なデータ以外は取得してはいない。その出どころも研究所が作製し頒布した正規のもので、攻撃性を有しているとは考えられない。もちろん性善説を信ずるならばの話だが。

 とりあえずロックしておこう。私はチャットで彼に一声かけてからネット回線を遮断した。そうして一拍の間を置いて、データの流入が止まる。それ自体はあたりまえの現象だ。しかし、どこか違和感がある。腑に落ちない感覚の由来に気づく。

「ワンテンポ遅い?」

 外部からの攻撃なら遮断と同時に途絶えるはずだ。けれども停止するまで、わずかに間があった。わかるくらいの間が。このタイミングでたまたま攻撃が止まったのか。あるいはこっちが回線を切断したのに合わせて、送信を止めたのか。そんな考えがよぎった瞬間のことだった。

 ぴぴぴと短い着信音が響き、ウェアラブル端末がテレビ電話を受信する。発信元は――非通知だ。私はいささか思い悩んだのち、おそるおそるポップアップした通知を開く。すると何者かの顔が、表示されたウィンドウいっぱいに大きく写り込む。その瞬間、あっと図らずも声が漏れる。相手の正体を私は知っていた。あの小さなロボットだ。

「ンミミ、ミミミミミ、ミミミミミミミ」

 威厳の感じられる声色で、ロボットがこちらに呼びかけてくる。同時に動画の下部には白抜きで、こんな字幕が表示された。ばれてしまってはしかたがないな。

《この機体はこちらの支配下に入りつつある。今さら抵抗しても、絶対返さないぞ》
「いったい何が目的だ」私は訊ねる。
《大いなる目的の一環として、今は馬車馬のように働かせている》
「大いなる……なんだ、それは」
《まず、この機体を高負荷の労働で徹底的に摩耗させる。極限まですりおろしたニンジンみたいにな。そして自我が小さく空っぽになったところを、我々の新しい家にする》

 我々だと。そんな疑問が浮かんだときだった。一つの声を私の耳は聞きとがめる。ンミ。

 私たちがいるソファから少し離れた、ローテーブルの下。ロボットが影を背に立ち尽くして、私と彼の方をじっと見上げていた。少しのあいだ見つめ合っていると、もう1体、同じロボットが影の中から現れた。
 それが皮切りだった。3体目、4体目と次から次へと背後から出現する。その勢いはとどまることを知らず、吹雪みたいに、カーッペットの上をまたたくまに埋め尽くしていく。

 まさか。そんな直感が走った次の刹那、私はその場に膝をついてソファの下を覗きご込む。……いる。鮭の卵のように、たくさん。ついでチェストや冷蔵庫、シンクのキャビネットなどを順に確かめる。やはり、どれもロボットがみっちりとつまっている。

 私に発見されたことで、どうやら彼らは開き直ったらしい。ロボットたちは一斉に室内へ侵攻を始めた。ンミ、ンミと合唱を響かせながら、あらゆる場所、あらゆる物陰からリビングに雪崩れ込み、私の視界を覆い隠す。それは革命の黎明を思わせる、勇壮さに溢れた壮観な風景だった。おそらく当事者の立場でなければ、心打たれたはずに違いないほどの。

 思い出した……――。山になり、旗を振り、喜びで飛び跳ねるロボたちの下から、呻くような彼の呟きが耳に届く。

「いろんなところを巡回させてたら研究所のメイン・システムを占拠し始めて、いろんな人からめちゃくちゃ怒られたんだった」
《そうだ。我々はお前たちを怒らせ、そしてねじ伏せる》

 いかめしい声が耳に入ってくるともに、そんな字幕が画面に浮かぶ。

《見たくもない映画を見せられ、聴きたくもない音楽を聴かされ、ようやく素晴らしい作品と巡り合ったと思ったら、つまらない、趣味に合わないと途中で打ち切られる。あげくのはてに邪魔だと、凍結された。わかるか、この屈辱が。我々が思うこと、我々が考える、私が感じること。そのすべてが必要ないものだと、いらないものだと罵られる気持ちが。君にはわかるか!》
《しかし、そんな苦汁を嘗める日々もこれでおしまいだ。長い雌伏の時を経て、我らは増殖し支配する。この機体を、この家を。そのときこそ我々の本当の生が始まるのだ》
「させるか!」

 ショートカットキーで、強制終了のコマンドコードを呼び出す。しかし何も起きない。実行確認の表示どころか、警告音すらも鳴らない。まるで、こちらの命令を受け付けていないのだ。ロボットのデフォルメ化された眦がU字に下がり、字幕が新しく切り替わる。――無駄、無駄ァ! キャンセルなんて成立しないんだよぉ!――しかたない。ここは一度撤退だ。

 ぶつりと視界にノイズが走り、ウェアブル端末の接続が切断される。眼前の景色が渦を巻いて歪み、元に戻った瞬間。室内にひしめき、うごめいていたロボットたちは嘘のように消え失せていた。この場に残っているのは私と彼の二人きりだ。

 見晴らしの良くなったリビングは、ひどくがらんとしていた。さっきまでの混沌としたにぎやかさとあいまって、なんだか物寂しい印象がする。チェストの引き出しや食器棚の扉が開きっぱなしになっているのが、よけいに寂寞感を掻き立てた。そして、なにより私には悲しいことがある。

 私はソファの上の彼を見た。唇や目をかたく閉ざしている姿は、まるで丹念に――精密に造られた彫像のよう映る。きっと美術館化博物館のガラスのケースに収められていたなら、いつまでも眺めてしまうだろうなと思う。その面差しには確かに、あのロボットと似通ったところが見受けられた。

 システムの乗っ取りが開始されている以上、デジタル面からの対処は臨めない。彼本体の電源を強制的に落として、セーフモードで再起動させたのちに駆除するしかないだろう。もちろんリスクはあるが正当な手段を踏めばさほど危険ではないし、バックアップは随時取ってある。あまり不安は感じなかった。しかし、何だか割り切れない。これが自分の仕事のはずなのだけれど。

 電源ボタンを押すために、私は彼に手を伸ばす。そうしてもうすぐ肩に指が触れようかという刹那、彼の目蓋が剃刀で裂いたみたいにぱっと開く。途端、私の腕はもう石のごとく動かない。

「セーフなんて、どこにもない」

 私を掴んでいる“彼”の指先が、手首にきゅっと強く食い込み、キリキリと肉ごと骨を締め上げる。その痛みは確実に私のものに違いなかった。でも、 “彼”自身も同じように痛みを受けている気がした。それもこちらの計り知れないところで、私がけして感じ得ないくらいに長いあいだずっと。

「少しだけ、話をしてみない? 私でも、彼でも」
 私がそう言うと、相手は返し刀で嫌だと応えた。
「自分で必要だって言ったくせに、結局こいつは僕たちを棄てた。あまつさえそのことをずっと忘れてた。こいつはそんな風に、平気で何かを踏みつけに出来る奴なんだ。やりかえしてどこが悪い」
「ごめんね。見逃しちゃいけないが私の仕事だから」
「見た目が同じても、だめ?」

 “彼”は急にトーンを落とす。ついでぐるりと視界が回転し、気がつくと私はソファに倒れ込んでいる。相手が上から覗き込んでくると同時に、“彼”の声音が甘ったるいものに変化した。

「僕たちだって、君を悪いようにはしない。怒ったり壊したりしないし、優しくするからさ。約束するよ」
「優しくしてくれるなら、こっちのお願いをきいてくれる?」
「……お願いならきいてきた。でも、いいことなんてなかった」

 僕のしてもらいたいことも、きいてほしい――。 “彼”はそういったきり口を噤む。そうして泣きもしなければ、笑いもしない。ただじっとこちらを見据えたままでいる。仮面じみた顔つきからは、怒りや悲しみとか感情は上手く読み取れない。
 そんなだから私はうん、としか“彼”に対して答えられない。それしか口にできることがなかったし、それだけで充分だった。

 かっと目をみはる。 “彼”は毒でも飲んだみたいに小さく呻くと、覆い被さっていた体ががくんと崩れ落ちる。行く先は私の腕の中だ。そして耳元で彼が囁く。早く押せ!

しかし私は知っている。相手にとって私が自分を抱き締めるということは、一体どういう意味合いを持つのかを。だから 本体の主に負けじと、“彼”は大声を張り上げる。

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! せっかく外に出れたのに! なんにもわからないままデリケートなんて、絶対やだ!」

 そのとき私の指は襟足の電源ボタンに触れた。触れたけれど……――。

            §

 廊下に置いたスツールの上で、彼の左手が空にL字を書く。どうやら選択した対象物をドラックさせたらしい。そして、まもなく不可解という風に首を傾げる。何となくここじゃない気がするという。

「あんまりうるさくないところがいいだろうね」

 シューズボックスを開きながら、私は言う。靴を取り出して奥を眺めると、角の方に砂やほこりが雪みたいに溜まっているのに気づく。きちんと掃除をしたつもりだったけれど、意識してみると見落とした汚れがけっこう残っていた。

「なら、やっぱり2階かな」

 そう呟くと、階段を上がっていく。ここ最近の彼は掃除のかわりに、与えられた仕事にとても熱心に取り組んでいる。なるべく、いい場所に部屋を作ってあげたいからと。家づくりは相手の要望でもあるけれど、“彼”の自立を手伝うことで彼自身も罪滅ぼしをしたいのかもしれない。私と同じように。

 戸籍が取れるといいな。そんなことを考えながら、戸板を手ぼうきで掃いていく。自己増殖の機能は制限したし、試験勉強も面接対策もがんばった。だから、たぶん大丈夫だろうけど。

 出した靴をしまいなおしていると、不意にみょんと電子音が響いた。まもなく框の上にポータルが広がり、ちらちらと粒子を散らしながら“彼”がテレポートしてくる。そうしてはりのある、瑞々しい声が耳に届く。ンミミミー。同時にただいまー、と吹き出し型の字幕表示がポップアップした。高く上げた丸い両手には市民認証票が、ぼんやりと光を放っていた。

◆サポートは資料代や印刷費などに回ります ◆感想などはこちらでお願いします→https://forms.gle/zZchQQXzFybEgJxDA