たましい、あるいはひとつぶんのベッド 3‐5
*タイトルは哉村哉子さんによる。
「昨今の探偵というのは、謎を解いたら解きっ放しというわけにはいかなくてな。事件後のアフターケアーまで求められているんだ」
問題解決装置としては、世知辛いもんだね――。名探偵がスマートフォンの向こうでそう言った。それは大変なことで、とミチルは簡単に答える。当てこすりの部分なくはないけれど、八割がたは本当のことだ。数学者がキッシュの作り方を訊ねられても困るように、その道のプロフェッショナルが専門外のことを任されるのは結構辛いものがあるのを彼女は知っている。
新しく問題が発生したのだと、彼女は溜め息をついた後に言った。
「わかってるぜ。姉妹お熱いのがお好きなんだろ?」
ホント、地獄に堕ちればいいのにな。そう言って即座に彼女は通話ボタンを押して、名探偵との会話を打ち切る。しかし、そのすぐ後にlineに相手からのメッセージが入った。
――でも、結構お似合いだと思ってたんだけどな――
メッセージを読み流すと、ミチルはすぐに削除した。ついで俯き気味だった顔を上げて、改めて周囲を見回した。
深山が暮らし、そして経営しているアパートの一室はいわゆるワンルームと呼ばれる部類のもので、キッチンと居間(もしくは寝室)だけのシンプルな造りになっていた。けして広いとは言い難いけれど、家具があっても圧迫感は感じられない程には空間に余裕はある。窓も大きく、午後の遅い、影を含んだ光をたっぷりと取り込んでいる。これで風呂トイレ別ということなので、わりと良い物件かもしれないとミチルは思う。
この条件と日当たりが良い素敵な部屋の中で、ミチルはテーブルの前に正座して、ノボルが来るのを待っていた。彼女はさきほど彼が紅茶を入れてくれると言っていたのを覚えている。
ノボルはこちらに背を向けてベッドの向こう側、玄関近くのキッチンでケトルを火にかけている。もっと正確に言えばキッチンの近くに玄関があるのだけれど、この状況ではこの表現の方が的確だった。
どちらにせよ部屋から出でいこうとするなら、ノボルの傍を通らなければならないのは変わらない事実だった。男に気づかれないように、彼女はあたりを見回した。そして背後を振り返った瞬間、本棚の一部分に目が留まる。
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