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ないものさがして、ないものねだる。④

自分の家にあるのは、自分の好きなモノだけ。
自分の家が「素敵な場所」。
たどり着くまでにかかった年月は5年だった。

5年が経ち、「素敵な場所」=「家」になったわたしに訪れた
次の大きな転機は、
「自分の家を建てる」。
先生の仕事を辞めるまで、退職するまでは賃貸物件に住み続けるのだろう。
…と、ヤドカリライフを送る予定だったわたしにとっては、
とてつもなく大きな決断だった。
夫が自営業を始めることにならなければ、家を建てることなど考えても
いなかったからだ。

しかし、過去に経験した「素敵な場所探しの旅」は、思いがけない形で役に立つこととなった。
何が素敵で、何が自分に合っているのかを観察し続けた経験が、
建材ひとつを選ぶのにも生きてきたのだ。

ないと思っていたけれど、ちゃんとある。
ないものさがしばかりしていたけれど、ここにも「ある」はあった。

家を建てる決断をするよりも少し前。家が素敵な場所になりつつあった頃。
唐突にその時は訪れた。
夫に、こんな提案をされたのだ。
「『一年間、服を買わないチャレンジ』っていうの、やってみない?」

素敵な服を探している割に、なんとなく服を買う。
そして「素敵な服がない」と言う。
そして、素敵な服を探す。買う。
いつまで、これを繰り返すのだろう…と、不毛な「素敵な服さがし」を
していることには、うっすら気がついていた。
でも、どうしていいのかわからなかった。

夫の提案をすんなり受け入れることはすぐにできず、
まずはそのチャレンジをしている方の記事をネットで読んでみた。
イラストレーターの松尾たいこさんの体験である。
検索するとこの記事が出てくるので、詳細をぜひ読んでいただきたい。

この記事を読んで、夫がこのチャレンジを勧めてくれた理由はなんとなく(あくまでもなんとなく)感じ取った。
やってみるか…。
…できるのかな…。
不安の海を泳ぐようなチャレンジへの挑戦。

結果としては、一度だけ服を買ってしまった。
「一年間服を買わないチャレンジ」を9割方達成することはできた。

服を買えないイライラやもどかしさは、服にまつわるエッセイやハウツー本を読みまくることでいなした。

地曳いく子さんの「服を買うなら、捨てなさい。」など、スタイリストさんが書く本が特に心に突き刺さった。
同じ服を着ていい。
いつも違う服を着なくてはいけない、という考えを手放してもいい。
そうなんだ!それでいいんだ!!と安心した。

ミニマリストさんの本も読みまくった。
憧れの「私服の制服化」。これは人によって選ぶ服が全然違うとわかった。
そりゃそうだ。暮らし方も働き方も住む場所も違うんだから。
そんなことすら受け止められないほど、余裕のない考え方をしている自分に気がついた。

骨格診断とカラー診断による、似合うものを提案する本も読みまくった。
似合わない形、似合わない色を選ぶ自分。
結局のところ、「それが似合う人になりたい」という叶わぬ願いをあたためているだけだった自分に気がついた。
つまり、わたしはこれまでずっと、自分という人間をひたすら否定し続けてきたのだ。

わかっていたけれど、認めるのはけっこうしんどかった。
かわいくなりたかった。
かわいらしい色とかわいらしい服が似合う、かわいらしい女性になりたかった。
…と思っている自分を、認めるのが。

インテリアの本も読みまくった。
好きな色と似合う色は違う。
好きな色はどんな色だろう。
落ち着く色はどんな色だろう。
好きな色をどう取り入れたら、自分は心地よく暮らせるのだろう。
そんな視点で読みまくった経験は後々、家づくりにものすごく役立った。

新しい服が増えないので、手持ちの服でどうにかするしかない。
ないものさがしをできない状況はつまり、
「あるものだけを見続ける状況」となる。

毛玉を取るクリーナーで、ニットの毛玉を取る時間。
どんな素材だと毛玉がつきにくいのか。
どんな価格帯だと毛玉がとれやすいのか。
観察しながら毛玉を取る習慣はこのときに身についたもので、
現在も続いている。

わたしは、どんなサイズ感が好き?どんな素材が好き?どんな色が好き?
どんな色が似合う?
そんなことをじっくり考えて、服を買ったことなんてなかった。
あっ、かわいい!
あっ、これがあったら便利そう!
モノの見た目に反応する。すぐに買わないとなくなるという不安。
自分があってこその服や小物。
ずっと自分を置き去りにして「素敵な服はないかしら?」と買い物をしていた。
服を買わない一年間は、わたしという人間をより素敵に魅せる服をじっくり考える一年間となった。

続く。

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