見出し画像

先週のひらがな「の」


先週のひらがな「の」

就活がある程度は落ち着いたこともあり、大学生としてのルーティンワークが戻ってきた。巡ったり回ったりするひらがなって何だろうなと考えたとき、見るからに円を描いているこの字が相応しいと思った。

水曜日と木曜日に授業を受ける。
火曜日と土曜日に部活に行く。
水曜日と木曜日にバイトに行く。
これまで面接やら説明会やら何かと理由をつけて度々休んでいたので、4日間とも予定を遂行できたのはかなり久しぶりだった。「大学生だな〜」と感じることが多かった。大学の構内に踏み入ったり部活の後輩と会ったりすることは、「大学生たる自覚」をもたらすのにはかなり重要な要素なのだ。

学生である自分を俯瞰して、一般的な「学生」らしくふるまえているだろうか?と考えることがよくある。それは中学・高校生までの自分が一般から(おそらく)逸脱していたからだ。ここでの「一般」=「多数」かどうかは分からないが、少なくとも当時の私は、今の私が憧れる「ステレオタイプの高校生」からはかなりズレていた。

制服を着て、(私の高校は私服だった)
怒られない程度の化粧を覚えて、(化粧を覚えたのは大学生になってからだった)
学校帰りに自転車で、(徒歩通学だった)
友達と駅のマックに寄って、(徒歩10分だったので寄り道という概念がなかった)(あと友達も少なかった)
なんでもない話題でゲラゲラ笑い合う。(これだけは出来ていた)

高校時代なんて6年前の話だが、道ゆく高校生たちを見ていると未だに羨んでしまう。
そしておそらくもう6年くらい経って社会人として生きていると、今の私と同年代の子たちを見て羨んだり後悔したりするんだと思う。どうせ。

だから6年後の私が後悔する部分を少しでも減らしてあげられるように、今「大学生らしさ」をいっぱい味わっておきたいと思っている。そうなると毎週のルーティンも愛おしく思えてくるのだ。

金曜日、1つ下の後輩とご飯に行った。コロナ禍の煽りを1年次から食いまくった世代の彼女は、部活の運営に難儀することもあると言うが、満足行く大学生活を送れているんだろうか。
みんながみんな私みたいにステレオタイプに憧れているとは思わない。ただ数年後に後悔したり実らない羨望を抱いたりするのは何の得にもならないから、そういう人が少ないといいなとは思っている。

の。
円に近いとは言うものの、始点と終点は結構ずれている。どこから始まってどこで終わるのかは書く人間の裁量に任されているのだ。自由度が高くて良い字だ。

ちなみにカタカナにした時にアホほどやる気がないのも、この字の良いところだと思う。

ノ。




今週買って良かったもの

買ったというか借りたものだが、『ピダハン』という本を借りた。
最近随所で話題の「ゆる言語学ラジオ」というYouTubeチャンネルを私も聴き始めたのだが、そこで扱われていたので借りてみた。

独自の生活様式や言語を持つアマゾンの原住民のもとで、言語と文化人類学の学者が30年間フィールドワークを行った記録が残されている。当然だが知らない世界の知らない話がたんまりと載っていて、本に旅させてもらった気分になった。

本書が扱われている再生リストを載せておくので、是非に。

ゆる言語学ラジオ(再生リスト『ヤバ言語学者』より)
https://youtube.com/playlist?list=PL911pe0HjN9gAQSz0R9IZzBW2kMo8pVkh

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?