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『青い空と真っ白い雲』


『ブレイブストーリー』の公開が終わってしばらくしてDVDのオーサリング作業に立ち会うことになりました。映画『ブレイブストーリー』は空の青と雲の真っ白な色にとてもこだわった作品でしたので、オーサリングでは細心の注意を払って映画館で見た色彩を再現しようと努めました。フルデジタル化されたアニメ制作では、キャラや背景の色彩チェックはモニターを通して行います。事前に美術スタジオのモニターや色彩デザイナーさんの使用するモニター、スタジオの最終チェック用モニターの色味を色温度やRGB値を計って統一を図ります。ところが数値をどれだけ一致させても、モニターそれぞれの特性やクセはどうしようもありません。メインスタッフの感覚と信頼で誤差を埋め合わせる必要があります。「この赤はオンエアでは朱色に寄りますか? ボクはワインレッド系で行きたいのですが」「大丈夫ですけど、もう少しピンクに寄せておきますね」といった感じです。その曖昧な部分を補うために、映画では美術ボードやキャラクターに色を塗った素材をテスト撮影して、フィルムに焼いた上でラボの試写室でテスト上映までしました。時間と予算をさいてこだわった『空の青と雲の白』ですから、オーサリングのオペレーターとラボの担当の方にはしつこいくらい何度も何度も確認を取りました。「雲は真っ白になりますね? 空は抜けるように真っ青でいきたいです。大丈夫ですね?」

どうしてこんなに何度も念を押す必要があったのかというと、ある世界的に有名なアニメーション監督の映画を見たときのことが頭に残っていたからです。その映画のDVDを見て驚きました。映画館で見た時にあれほど綺麗だった青い空と白い雲のシーンが、オレンジフィルターを付けて撮影した実写の疑似夕景みたいな色に代わっていたからです。一般のファンの中にもおかしいと思った人は多かったようですが「DVDにする際に『演出』として色彩に変更を加えた」最終的にはそういうことで落ちが付きました。けれど実際に映画館に足を運んだ一人のファンとして釈然としない決着だったと今でも思っています。偶然その作品と同じラボでのオーサリングでしたので、正直に不安を伝え「大丈夫、心配ない」オペレーターと立ち会ったラボの営業担当からはそう返答をもらってオーサリング作業は終わりました。ラボのスタッフを信頼しながらも、今までリスク管理の甘さから痛い目に何度もあってきましたから、今回はしつこいくらい何度も確認して石橋を叩いて渡ったはずでした。


それでも『落とし穴』が待っているとは思いもしませんでした。しばらくして都合が付かずにオーサリングに立ち会わなかったテレビ局のプロデューサーから怒りの電話が入ります。「監督なら、勝手にフィルムの色を変えて良いのか?!」「??」「空も雲もまるで夕景のようにオレンジ色だ」プレス直前、映像の最終チェックを見て驚いた彼が尋ねるとラボの担当者たちは言い張ったそうです。「監督がこれでOKを出した」彼らはその場にいないボクに責任を押しつけようとしました。立派で綺麗な建物をもつ大手の映像ラボの社員がです。「監督は青い空と白い雲の色にすごくこだわって、大丈夫かと何度も念を押していました」幸いオーサリングに立ち会っていたゴンゾの現場Pの証言でプロデューサーの怒りは解けました。ラボ側が謝罪し、オーサリングをやり直すことで無事DVDは完成しました。

相手を『信頼』しても『放置』はしないで自分の目で確かめる。何度も傷を負った経験が助けてくれました。しばらくして完成したDVDを見ました。空は劇場で見たままの美しい青い色で、雲は新雪のように真っ白でした。


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