『ば・く・ち・く』     2


『ば・く・ち・く』 肆   寺田屋 鴨

《砂かけおばば》が塾長室の重厚な扉を軽々と押し開く。あまりにも楽々開くので、タカシは自動ドアと勘違いしたくらいだ。「良く来たね」がっちりとした体を藍色の作務衣で包んだ塾長の梁川が、笑顔でタカシたち四人を迎えた。「君たちを呼んだのは他でもない」テレビドラマの《偉い人》はたいていの場合そうやって話を切り出す。ついこの間見た刑事ドラマの中でも、管理官役のしぶい役者がそう言っていた。「見てごらん、壁に掛かった写真を」梁川は《ドラマのセオリー》に準じることなくそう話を始める。言葉に従ってタカシたちはずらりと並んだ写真を見上げた。服装や髪型、体型も性別も様々だけど、どれもタカシや小枝たちと同じ年頃の子供の写真ばかり、それが百枚以上並んでいる。タカシ、キヨシ、ツヨシの三人はてんでバラバラに目にとまった写真を見た。「あの写真、やまちゃんに似てねえ?」「似てる。笑い方が子供のくせに《自虐的》だ」キヨシとツヨシが梁川塾の講師《やまちゃんに似ている》小学生を見つけて笑う。「そうそう、《じぎゃくてきヒーロー》だな」額縁の中の子供のやまちゃんは、市販品らしいヒーローもののコスチュームを身にまとっている。「ヒーロー? そう言われれば――」ランダムに写真を見ていたタカシが思い当たる。これなんて、どう考えても映画で見た《スパイダーボーイ》だし、こっちは《サイボーグ119》のリーダーキャラだ。普段は同僚や上司から《使えないやつ》と蔑まれてお荷物扱いされている新米の消防士なのに、絶対に消せないと誰もが諦めてしまう大火災を《超加速装置》を使って消火する《火消しヒーロー》のコスプレだ。小枝はと言うと「見ろ」と塾長に命じられても闇雲にただ従うつもりはないらしい。僅かな時間の間に壁の写真は年代順に並べてあると見当を付け、カラーよりはモノクロ、その中でも一番古い写真に目を止め冷静に分析を開始したところだ。――木綿の着物、細身の顔立ちは女の子にも見えるけど――襟の重ねを見ると――男の子かも?《ヒーロー》?明治五年の《ヒーロー》って?「ね、ねえちゃっ?!」小枝の思考は素っ頓狂なタカシの声に中断された。横目で盗み見たタカシのカオは、《ねえちゃん》の最後の《ん》の文字を口に出すことを忘れて《ちゃ》の大口を開けたまま顎を閉じ忘れている。限界まで見開かれたタカシの目線の先をたどる。真新しい額縁の中、アニメ《セーラーアイドル・魔女っこムーン》そっくりの衣装をまとった美少女、小学生の菜穂名が満面の笑みを浮かべている。――お姉さんの写真がそんなにショック? 男のカッコしているとか、スッポンポンの恥ずかしい写真というわけでもないし、たかがアニメのコスプレ――。物心がつくころからずっと身近で育ったタカシなのに、男の子ってやっぱり良くわからない。小枝が肩をすくめた。「せ――せんせい。なんで、うちの、ね、姉ちゃんの写真がコ、ココ、コにあるんですか?」いつも冷静なタカシが、何度も言葉をつっかえる。知らぬ間に梁川の間近までにじり寄ったところを見ると、相当取り乱しているようだ。「菜穂名くんは《最高の――戦士》だった」目を細めて微笑む梁川の言葉は、まるで往年のスターを懐かしむファンのそれのようだ。「塾長、ボクたちを呼んだ理由を?」「そうです。話を進めて下さい、せんせい」取り乱しているタカシはとりあえず忘れて、ツヨシと小枝が自分たちの置かれた状況に話を戻そうと動いた。「ああ、前置きが長くなってしまったね」後退した髪の生え際をなでながら梁川が告げる。「君たちを呼んだのは他でもない」「君たち4人は、本年度の梁川塾《特待生》に選ばれた」こういうのを《ドヤ顔》って言うのだろう。他に例えるなら、選抜高校野球の《二十一世紀枠》に選ばれた公立高校に《甲子園出場》を伝える時の高野連のおじさん――とか? 「今日から君たちは《闘う塾生》だ!」塾長室に梁川塾長のドヤ声が響き渡った。

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