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人も動物 人が野生動物になるとは1


今とてもワクワクする本を読んでいて、野生の血が騒いでいる。

本のタイトルは野生そのものずばり『動物になって生きてみた』(河出書房新社)。著者のチャールズ・フォスターさんは、オックスフォード大学で医学法と医学倫理の教授で動物医学の専門家という、恐れ多い肩書をもつお方なのだが、本の中ではかなりの変人。

なにせ、実際、自然のなかで野生動物と同じように暮らしてやろうというのだ。ここまでなら頭に浮かぶのは、きっと人けのない森にテントを張って、電気や水道のない生活を数週間ほど続けたのかな、とか、映画『レヴェナント 蘇りし者』のヒュー・グラスみたいに川で魚を捕ったり、シカの屍の骨髄を吸い取ったりして、原始人になりきるのかな、とか、自分の常識の中でしか想像できなかった。

「動物とは何か?」この答えを求め、フォスターさんの行動は常識を超えて、シャーマンのように動物に変身を試みた。そのテーマは「古代の四大元素――土・火・水・風」だ。

第2章のテーマ「土」では、土に穴を掘って暮らすアナグマ。

まず、すみかをつくる。本物のアナグマの巣穴は地中深く迷路のように曲がりくねっていて、奥に釣り鐘の形をした寝室となる広間がある。人間のフォスターさんは、山の傾斜にショベルカーで溝をつくり、木の枝で屋根をこしらえ、シャベルと素手で穴を掘った。寝床にはそこら中に生えているワラビを敷く。

そして、彼は8歳の息子トムくんと、アナグマに変身した。四つん這いで移動し、川の水を舐め、ミミズを食べた。ミミズ……。

わたしは家庭菜園で土を改良するため、ミミズを育てている。といっても、野菜のくずや煮干しの頭を土に埋めるだけでどこからかミミズがわんさか集まってくるだけ。ミミズは上等の土にしてくれるからだ。でも、ミミズを食べるなんて考えたことはない。食べてお腹を壊さないのだろうか。でも本の中で、トムくんはミミズをパスタのようにするっと飲み込むらしい。驚異的な野生力!

野生動物が生きる上で五感がとても重要になる。フォスターさんによると、人間は視覚が発達しているが、アナグマは嗅覚が鋭いという。森の中で四つん這いで進むとうっそうと茂る草が邪魔して周りが見えない。頼るのは目でなく鼻だ。「アナグマの景色」は「においの景色」、においで地図を描いている。縄張りの境界は糞のにおいで決まる。カタバミが生えるところはカタバミのにおいで知り、シデの木は暑い日と涼しい日でにおいが変わる。水のにおい。朝露のついた土のにおい。太陽が昇ると、気温が上昇し、地面が乾き、空気が渦を巻いたように動き、においが湧きたつ。

アナグマがとらえるにおいを言葉に表すのはとても難しいようだ。「ペンペン草の香り」と言い表しても、そもそも「ペンペン草」を知らない人には伝わらない。ぺんぺん草はアブラナ科ナズナ属の植物で、日本の道端で見られる野草。春には小さな白い花を咲かせる。春にペンペン草を見かけたら、においを嗅いでみよう。

雨が降ったときの土のにおいを感じることがある。そんな「においを感じる」ことが、野生にとっては大切なこと。正直、体臭とか糞便とかのにおいは嗅ぎたくないので、意識的ににおいから逃げているふしはあるが、野生を知るために、においを試してみようと思う。ちょっと変人ぽいけど。



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