『化け物』その5

5.大樹の傍で
翌日、凪は再び森の中へ入った。大樹のもとへ着くと昨日の青年がいた。大樹にゆっくりと登ると、青年は大樹に優しく触れていた。
「とっても太い樹木だね。何百年も生きていたんだろうなぁ。」凪が話すと、青年は樹木を見つめたまま話し始める。
「この樹木は森の象徴だった。母さんがよくここに連れてきてくれたんだ。人間が供えた食べ物がよくここに運ばれていたから、森に住むものはみんなここが大好きだった。でも、この樹木が倒れてから人間は俺たちを忘れちまったんだ。食べ物が足りなくて仲間は村に食べ物を探しに行った。母さんはそんなことはしちゃいけない、といつも必死に森で食べ物を探してくれた。」
「なのに。人間は森にやってきて銃を持ってきた。母さんは何も悪いことをしていないのに。」

「まさか、お母さん……」

「……猟師に撃たれた。」青年は静かに涙をポロポロ流した。
「だから俺はこの森に来るやつを脅かすんだ。人間なんかに来て欲しくない。」
凪は何も言わず聞いていた。凪は自分が人間だということを言い出せなかった。
「お前、どうしてあの時村に戻ったんだ?」
えっ、突然質問されて凪は戸惑った。
「俺、あの時ウサギを捕まえてからお前を見かけたから追いかけたんだ。」
「そしたら、村に帰っていった。」
青年の顔が徐々に険しくなる。
「お前―、人間なんだな。」
青年はゆっくりと凪に歩みよる。そして、青年は素早くしゃがんで跳ねるとそれと同時に熊へと化けた。グルルと唸り声をあげ、熊に化けた青年が凪の元へ近づく。いくら化けた熊とはいえ、2メートル以上ある巨体は恐ろしく凪は一目散に止まることなく村へと走っていった。

帰ってきた凪が泣いているのを見て凪の祖母はなにがあったのか尋ねた。熊に会ったと言うと、祖母は驚いていた。
「熊かい。それは怖かったね。熊はここ数年みていないから、もしかしたら狐に化かされたのかもしれんな。」

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