【300字グルメ小説】憧れのバナナ
浅草のおばさんがうちに来る時、手土産はいつもバナナだった。バナナは遠い南の香りがして、味は甘くとろけるようで、あたしの大好物だった。
だけど七人の兄姉弟で分け合うから、いつもちょっとしか食べられない。母ちゃんに「買って」なんて絶対言えないし。高価なバナナを簡単に買えるほど、うちは金持ちじゃないのだ。
会社に勤め始めてお給料をもらい、あたしはバナナを自分で買うことにした。
「一房全部自分で食べるから!」
と家族に宣言して。
一本目はすごく美味しかった。だけど二本目の途中で飽きてしまって、あんなに憧れていた黄色い皮が、何だかうんざりするものに見える。
残りを兄の位牌の前に置く。
日本は高度成長期に向かっていた。