うわさの“保活”に思うこと。

先日、子どもの保育園申し込みに関する通知が来た。

申し込み後に発表されたデータで、行きたい保育園を第1希望とする人が少なかったため、

「あれ。これ、もしかして第1希望行けるかも!?」

なーんて淡い期待をしていたら、あっけなく撃沈。でも、ありがたいことに、4月からお世話になる保育園は決定。

ただ、小規模保育園なので、2歳児クラスが終わったら卒園となり、もう一度“保活”とやらをしなくてはいけない。

そして、すっかり忘れていたことだが、別の保育園に行ったら、また慣らし保育をしなくてはいけないということ。うーむ、その時はもう育休も終わって働いているから、どうやって対応しよう。

ということで、申し込みから結果の通知まで、この“保活”というものに感情を目まぐるしく揺さぶれた私。

そこで不思議だなと思ったこと。

公立の小学校や中学校は、基本的に住んでいる地域の学校に行くことになっているため、何の迷いもなく、こういうものだと思って入学する。

それに対して、この“保活”は、多いところでは第10希望まで書いて、そこで審査をされ、まるで合否の結果を待つようにそわそわとする日々が続き、その結果に一喜一憂する。

思ったのは、人間、選択肢があると、欲が出るのではないかと言うこと。

最初から、「はい、あなたはここですよ。」と言われると、人間、「こういうものだよな。」と思うのかもしれない。

というか、私的には、“保活”に関しては、「この地域では、ここになります。」と言われた方がありがたい。笑

もちろん、小学校入学前は、特色ある保育園や幼稚園などいろいろな選択肢があり、どこに入るのかは自由。しかし、全員が希望通りにならないというせつなさ。

選択肢があるからこそ、比べる対象が出てしまい、「ここよりあそこがよかった。」などという感情が出てしまうのかもしれない。

それ以前に、東京などの大都市は、まず保育園に入ることすら難しく、待機児童の問題もある。私の住んでいる地域も、少しずつ待機児童は改善されているようではあるが、まだまだ課題となっている。

何が言いたいのかというと、うちの子の決まった園も、小規模だけど素敵な園だと思う。(コロナの影響で、こども達がいない日のみの見学だったので、分からない部分もあり。)

もしかすると、最初から「はい、あなたはここですよ。」と言われていたら、「あぁー、第1希望じゃなかったのか。」とショックを受けることもなかったと思う。

受験のように努力でどうにかなる問題ではないが、たぶん、うちの子にとっては、人生初のふるいにかけられたこと、と言えるかもしれない。笑

マイナスの感情ではなく、ご縁があったと思って、いいところをたくさん見つけていきたい。

何より、親の希望や心配をよそに、意外にも子どもは柔軟に対応し、たくさんのことを学んでくるだろう。

保育園準備と、私自身の入園式の服問題を解決するためのダイエットを、本気で頑張ろう。

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