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【画廊探訪 No.057】物語の向こうで、物質の向こうで、僕等を呼び起こすものへと向かって ―――石塚桜子個展に寄せて―――

物語の向こうで、物質の向こうで、僕等を呼び起こすものへと向かって
―――石塚桜子個展『原始心性の可視化』(Gallery Face to Face) に寄せて―――
襾漫敏彦
 石塚桜子氏は現代を問うアーティストである。彼女は、具象的形態から抽象的方法を探り、自分の深層の何かを問い続け、そして、今回の個展に辿りついた。

 美術とは、観念的なものである。けれどもそれは、ある意味、限りなく物質的なものである。思想とは、往々にして言葉で組み立てられ、文字で伝えられ保存されるものであると考えられている。けれども、北米のインディアンの絵文字の研究をはじめとして、文字をもたないため原始的(プリミティブ)とされた多くの文化にも、記録と伝承のための豊かな方法が存在したことも明らかにされ続けている。

 体験は、ひとりひとりの個別で具体的な出来事である。それが経験として人づてに伝えられる。記録されて、そして共同体の経験となる。形にならないものを、物質と形式を使って伝えようとする、そういう不可能への跳躍が人類の歴史であり、美術の歴史でもあるのだろう。
 石塚氏は、具材を塗り続けた。そして、その具材そのものが、自分と対等な個物であることに気づいたのだろう。映画『アラビアのローレンス』でローレンスは「砂漠は清潔だ」と語る。彼女は色彩を含んだ物の素朴さに観念と物質、そして存在の交差する場所を見たのかもしれない。
 水性と油性の具材で色を組みあげ、油、溶剤、そしてニスを薄く塗り重ねていく。水と油、二つは、物質として反発しあう。けれども、近づきながら離れながら協同して画面の世界を支えはじめる。彼女は物質の心性の中に自分も含んでいる宇宙の清潔な心性を見たのかもしれない。

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彼女の工業的な化学反応を応用した表現は、こちらを振動させます。
サイトはありませんが、展示風景のユーチューブがあがっていますので、ここにリンクをはっておきます。


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