見出し画像

【画廊探訪 No.072】薄れゆく触感の記憶 ―――ギャラリーマルヒ『路地裏動物園』安田ジョージ作品展に寄せて――

薄れゆく触感の記憶
―――ギャラリーマルヒ『路地裏動物園』安田ジョージ作品展に寄せて――
襾漫敏彦

 根津の裏通りの路地にひっそりと佇むギャラリー・マルヒは古民家を改装したギャラリーである。暮らしの残り香が、まだどこか漂っている空間で開催された安田ジョージ展『路地裏動物園』を訪れた。
 
安田ジョージ氏は、肥後もっこすの動物造形作家である。彼は布と木を使って、かってあった日本という国で身近に暮らしていた動物達を造り出していく。シカ、タヌキ、クマ。ニワトリ、ナマズ、コイ、フクロウ。彼は布切れをつかって胴体をつくる。それは張りをもつ革袋のようである。そこに木で作った頭部や手足をくっつけていく。考えれば、チグハグな取り合わせであるが、不思議と限りある存在の気品を匂わせている。
  科学の進歩は、人や生き物の体の中、そして細胞の中までも探査していった。図鑑では、内臓すら、皮を剥いでそこにあるかのように表現している。決して触れることのかなわない内部こそが存在の根拠であると主張したいようである。けれども、日常の生活で触れうるのは、表面だけなのだ。子供と風呂に入っても、誰かと一緒に寝ていても、愛犬の頭をなでても、生と生は、肌のぬくもり、触れた感覚でしか語らいあえない。
 木と布の造形は、人の暮らしの実感でもあり、動物の生の実感である。木と布の組み合わせは、生き物と自然が触れる硬さの階梯でもあり、朽ち果てる時の段階でもある。安田氏の動物は、触感の表現なのである。そして、それは日々の暮らしの中で養われる。
 古民家画廊の畳に胡坐をかいていると、ふっと周りが消える。ゆっくりと眼をやった処で、生き物の気品にそっと触れた。そこに生きてきた記憶があった。

***

安田さんのウェブサイトです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?