僻地ー牛誕生秘話 青延川脱出編 3/3

11/27
××町から来客
なぜか現地社員は“××町”を強調する
俺は川の外側はまだ行ったことないんですよねー、景色がいいんで行ってみたいなーと言った、言ってしまった。

ここは昔、国府が置かれていた神聖な場所
××町には今でも昔ながらの集落が残っている


夜、死んだ顔で加湿器を洗っていると、先輩に話しかけられた
先輩も、数十年のキャリアの中でこの部署が人生で1番辛いらしい
「この部署に来た時、意味のないローカルルールなんて失くしたほうが効率が良いと思ったよ、でもよそ者だから言わなかった、数年経てば異動して普通の部署で働けるからね、これが大人になるってことだよ」

11/29
とてもイライラしていた
まだ開けるかな?と思ってパンドラの箱を開けてしまった
新入社員名簿と配属地一覧
俺は妄想の中でスカイツリーを引きちぎった

決めた、決めたぞ俺は!!!
まず、自分の名前で遺書を書き、都内勤務の同期を青延川に沈める
次に、全身整形して彼に変身
俺は彼として本社で働き、岡森は死ぬ

11/30
寝耳に水
来月末、同期と会えるらしい
やっと同期と会える、苦労を共有できるんだ

ありがとう神様 やっぱり、乗り越えられない試練は与えないんだね


神様は乗り越えられない試練は与えない!!

12/3
この日感じた劣等感を他人の脳に移植したら即死すると思う
ラジオ体操を終え、和式便所を掃除して棚の取っ手のフチの裏まで消毒する
朝礼で部長のドライブの話を聞き
本社からの通達を読み合わせ「棚の取手のフチの裏までの消毒を徹底」とのこと

ここまでは、まだ平穏

午前、
「××町の話はあんまりしないで、そういう場所だから、わかるでしょ」と言われた
一応「わかりました」と答えた
俺はもう一度あの街を眺めると、小さい頃に見た何かに似ていた。

俺は気づいた。気付くのが遅かった。
4年間東京にいた俺の嗅覚は鈍っていた

あれはどう見ても被差別部落だ

午後は同期とのオンライン研修があった
(同じような仕事をしている同期だ、秋の騒動でみんな苦労しているはず)
神様から試練を与えられたのは俺だけじゃない
しかしなぜかそれは話題に上がらない
俺は知ってしまった
普通の部署には20代半ばから30代前半の社員がいて、その仕事は彼らが担当する

何故か、何故か、何故か、俺と基山先輩の上には38歳以上の社員しかいない。

確認できるだけでも2個上と3個上はすぐ辞めているが、それより上はどうしていないんだろ
会社のHPには新卒の3年内離職率は1割未満と書いてあった
そこは流石に嘘ではないはず なぜこの部署だけみんな短期離職するんだ?

とにかく、あれは新卒のやる仕事ではなかったみたいだ

おかしい。本当におかしい。お前ら関東組は雑巾で和式便所を拭いているか?
コンビニが近くに無いから全員分の弁当を注文しているか?
蜘蛛の巣みたいな会議室で研修を受けているか?

という風にネガティブな気持ちになったのでそとの景色を見て気分を切り替えようとした

そこには被差別部落が見えた

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

今、画面の向こうにいる同期の職場には“ヨウシキトイレ”なるものがあるオフィスで、“すかいつりぃ”がみえるらしい
俺は被差別部落がみええるらしい、蜘蛛の這う見せ物小屋で研修を受け、雑巾で和式便所を磨く

この差はなんだ?お前は俺と同じ企業にしか入れなかった程度の人間だろ?この差はなんだ?お前も青延川に沈んでしまえ

現状が整理できてしまった。
俺は彼らより働いているが手当の関係で手取りは定時帰りする彼らより低い。
業務の幅は広いが雑用中心、周りに出世ルートに乗ってる人はほぼ確実にいない、コネもない。
もしかしたら左遷部署なのかもしれない、
上司や先輩は昔罪を犯してここに来たと言っているし

思考が加速を止めてくれず、劣等感は臨界点を突破した。
どこまでが推測で、どこまでが現状なのかわからない。
俺はどこまで正確にこの世界が見えているのか、見るべきなのか、見えてしまったらどうなるのか。
生産性0の思考が脳内を温めていき、身体の中のものが全部外に弾け飛びそうな感覚に陥る

遂に摂氏100℃を超えた。
「神は本当は存在しない」
俺は自分の不運を受け入れられずに非合理的な存在に縋っているだけだ
しかし、このまま神は居ると信じていようと思った
そうしないと373℃下がってしまいそうだったからだ

青延川の魚を食べ、病院で貰ったマタタビを4錠摂取すると、倒れるように眠りについた

12/15
とあるプロジェクトが始まった。内容は××の社内発表だ。(別に作ったところで外部に発表する機会はないが)

俺は、基山先輩と話す前から薄々察していた
部長は常々、「〇〇部と言えば新卒短期離職」というイメージがついていることに対して不満を漏らしてた

このプロジェクトは原則入社1.2年目が参加するものだが、
“何故か”青延には常に新人がいなかったらしく初参加となった
いったい何故だろうか…本当にわからない…わからないことにしよう
神様の試練だ…神様なんて本当にいるか?いないだろ?いや、神様は乗り越えらr…嘘つけ!やめろ!ああああ!!

俺は、部長の面子のために仕事が増えた…と愚痴を言おうとしたが 基山先輩は先に 「部長はこんな部署を任されて大変だから自分たちでカバーしてあげよう!頑張ろう!」と言った。
俺は首を縦に振った(残念なくらい真面目で、図太さが全くなく、いつか壊れてしまいそうな人だ…救えない) と思いながら

この時、基山先輩は部長の意図に気づいていたのだろうか…
気づけないほど狂ってしまったか、気づいたが受け入れられずにいるのか…今となっては確かめようがないが。
非効率な文化にも理不尽にも耐えて、イエスマンとして働く先輩みたいな人がブラック部署を支えてる、それだけは事実だ

12/18
先輩は金曜日の夜にこう言った「こっそり土日にやるしかないよね…」
だから今日は土曜日だけど通話を繋いで仕事をしている
口座を見たら平日のうちに冬ボーナスが振り込まれていた。
これで貯金は80万円を超えたことと、 仕事の息抜きに、マタタビの種類について教わったことだけが楽しかった

12/19
同期が集められた。
既にグループが複数できている…何故だ…俺は同期と初めて会ったぞ…

人事部長「では、勤務地の自慢を織り交ぜた自己紹介をしてください」と言い放つ

新人研修の時、見せ物小屋に独りぼっちだったあの時の俺にふざけた冗談をかましたアイツだ

こういう時、(俺がトップバッターは嫌だ…嫌だ…)と思っている程当たるものだ

俺は自己紹介をしたあと、青延市のいい所を言おうとして、5秒ほど固まった後、こっちではなかなか見られない昔ながらの集落が見える所と言った

まあ生活保護受給者が1割超えてそうな(偏見)被差別部落だけどな

既にグループ形成がされている割にはなんとか馴染んだ…つもりだ。
何をやらかしてもどうせ俺は明日には青延行きだ…
夜は飲み会に参加
同期が衝撃の一言を放つ
「あんまり地元から出たくないな、隣の県とかじゃなく変なとこに飛ばされたら転職するわ」

俺の右手にあったビール瓶君は、あいつの顔に向けて1m左遷されそうになった。
でも望まない左遷はかわいそうののでやめた。俺はJTCの人事と同類にはなりたくないんだ

左手の爪を切ったのが3日前だったので手の甲はそんなに赤く腫れなかった そんな覚悟の人間が全国転勤のある会社に勤めるんじゃねぇ…
豆腐メンタルの人間はホワイト部署でぬくぬく育てられてろよ
俺は基山先輩みたいな強い人間になる、今に見てろよ

政令指定都市で生まれ、私立大学卒で勤務地は都会、俺と同じ仕事をしているはずの、例の事件の時は5年目の先輩に尻拭いをさせていた、あの同期だ 本当は仲良くなりたいと思ってた 彼は言った
「この前ローン組んで、





レクサス





買ったんだ」


一同爆笑 あの時、レクサスを超える速度でビール瓶を顔面に異動させてれば良かったな…さすがに貯金だけでレクサスは買えないはずだ…だからローン組んでるんだろうし… ホワイト企業に勤めてる君は明日も無事に働ける安心感があるから借金なんかできるんだろうな…
俺は君と違ってブラック企業に勤めてるから、明日精神がぶっ壊れるのが怖くてそんなことできないよ

あれ????

あーーーーーうんこうんこうんこうんこっここおおおおおお
クソ野郎!クソ野郎!!!クソ野郎!!!
MarchはFラン!!!

お前は性格腐ってんだよ!何がレクサス買っただ!!
言葉が汚ねえよ!!やっぱり使う言葉に人格って現れるよな!×ね!×ね!×ね!


12/28
休みの日だ。
でも仕事をしてる。
基山先輩は窓際社員とペアを組んでやっている仕事だけでもキャパ超えてそう。仕事中に俺と持ってる業務をやる暇なんて絶対ない。
俺も限界なんだが、先輩は10月辺りから既に限界を超えている。
真面目すぎるよ…と思った。 先輩は一切愚痴を言わない、社畜だな

先輩のような真面目な人が身を粉にして世の中を支えている。
そして俺は基山先輩こそ社会人の鑑だと思っている。
この人が居なかったら、俺は同じ場所に来た3個上の先輩みたいに7日で辞めていたかもしれない
いつか神風が吹いて、僕らは救われる
なぜなら 神様は乗り越えられない試練は与えない からだ

12/30
商店街に来た
青延だから寂れてるのか
商店街というものは大抵寂れてるのか
年末だからシャッターを下ろしてるのか

その全てなのか、うち2つなのか
わからない

一つの事象には複雑な要因が絡み合ってる

だから、先輩に仕事を押し付けて苦しめてる窓際社員にも何か、事情があるんだろう

1/1
基山先輩は理不尽に苦しんでいる
結局管理職は何もしないし、本社でぬくぬく育った人事は田舎部署の辛さなんかわからない

上司じゃなくて神に縋るしかない

神様は俺たちの苦しみをずっと見ていて、いつか救ってくれる

もしそんな神様がいないとしたら、この社会はとても残酷だ

現世での苦しみが多い俺たちの方がが天国にいけるはずだから、 もしも神様がいるとすれば、 人生苦しんだもん勝ち なんだと思う
人生楽しんだもん勝ち と言わんばかりの奴らには天罰が降って地獄に堕ちろと思った

あくまで、もしも神様がいればの話だが

1/4
明日は出社したくない
年末年始は仕事で疲れてしまった
基山先輩に愚痴を言おうとしたが、あの人は愚痴なんか言わない。
たまにナチュラルに“こんな部署”って言葉を使ったり気分が落ち込み過ぎて肌の色が白から透明になったりはするけれど

先輩は周りの温度がどうなっても何も言わずに耐える人だ

1/5
先輩が初めて愚痴を言った。
先輩の課の会議で何か嫌なことがあったらしい。詳しくは聞けなかった

この人みたいになりたくないと思ったが、この人みたいにならなきゃ生き延びられないだろなと思う

年末年始に頑張ったから仕事は順調に進んでいる

もうすぐ23歳

祝ってくれる人はいるのだろうか

1/7
朝 7時45分
今日は基山先輩と打ち合わせだ なぜか来ていない。
先輩にしては珍しく、定時に来るんだろうか
俺は加湿器の水を替えて、棚の淵の裏まで消毒し、和式勉強のドアノブを消毒して、拭き掃除もする。
8時00分
まだ来ない、任意参加のラジオ体操が始まった。来ない、おかしいな

定時だ。朝礼が始まって部長の身の上話を聞いた。遅刻かな?まさか

部長の部屋に呼ばれた

基山先輩は出勤しようとした時に容態が急変し、自ら救急車で運ばれたらしい


先輩はやっぱり、救えない人だった
社会人の鑑だと思う

さっさと切り替えて仕事をしようか

15時
部長と話
さすがに2人でやってた仕事は辞退で良いと思っていた
基幹業務ならまだしも、部署の面目のために休日にも人が倒れるまで働くのはおかしいと思うし、明らかに若手が足りないよ

部長は言った「基山さんが1番この仕事に熱意持ってたから、やっぱりこの仕事は岡森君が完成させたいよね?」

16時
目頭が熱い。電子レンジの中に閉じ込められてるみたいだ

課長から「基山先輩は倒れられたので〜」という話を受けた俺は、真顔で
「わかりました。2人で進めていた業務は期日通りに完成させます」とだけ言ってその場を去る

周囲から俺はどう見えていただろうか

最後にして最大の失言だった

17時
むかしむかしあるどいなかに、さんびきのせんぱいがいました

ひとりめは、なのかでやめて、じんせいをこわしました。せみりたいあ!

ふたりめは、ぱわはらでやめて、こころをこわしました。うつびょう!

さんにんめは、かろうでたおれて、からだをこわしました!ろうさい!

めでたしめでたし

18時
あいつが倒れたのは自己責任だと思う。自分は体調管理はしっかりしていた
体調管理ができていないのはあいつの甘えだ。そこを神様はしっかり見てくださっていた。あいつは救われない。
まったく、自分の仕事を増やさないでほしいものだよ。
救われるのは俺1人でいい

疲れたので残業放棄して帰る

1/10
出社した。
当然のように先輩は居ない
この社会は狂ってる
俺たちの代わりはいくらでもいると思った
ここから俺はどうなるんだろうと思ったが、だれも教えてくれない
決まった通りに手を動かして、口を動かして
頭の外側だけで思考しているみたいだ

ふと鏡を見たら、俺も肌が白くなっていた

上司に真剣な表情で「大丈夫?」って聞かれた。なんて答えたか覚えてない。
この辺りは記憶が無い

家にいたら内側からボロボロに焼け死んでしまいそうで、散歩に出かけることにした

神様は乗り越えられない試練は与えない…

青延川が蛇みたいに俺の首に巻きついている気がして、用水路を越え、とにかく川の外側まで走り出した

ボロボロのゴミ屋敷がある汚い土地にたどり着いた

ここは××町だった

下水を流す管がむき出しになっていて、湿った枝と落ち葉が詰まり、虫が湧いていた

ここで死んだら、こいつらに喰われるんだろうなと思った

人で配属されて寂しかった時に、一緒に研修を受けていたアシちゃんは殺された

優しい言葉をかけてくれた鎌倉武士さんは異動した

一緒に神風を待つことにした基山先輩は部署の面目の為に休みの日も年末年始も働いて、救急車で運ばれた

ずっと綺麗な集落に見えていた××町はとても汚い場所だった

本社配属の同期は洋式便所のあるオフィスで働き
人の勤務地を変な場所扱いする同期はレクサスで通勤し
基山先輩の課の窓際社員は定年までの消化試合だ

憎まれっ子世に憚るとはこのことか

1/18
青延脱出までの日数を数えるアプリを見たら、800日以上あった。最低でも800日って感じだが

現実を整理してみた

先輩3人はそれぞれボロボロになり、青延川に沈んだ

職場に味方はいなくなった

人間関係は最悪の環境

部長から、意義不明な仕事を意味不明な理由で1人に全て任されている

俺は、目の前の現実をそのまま受け入れることができなかった
苦労しているから、報われる未来があってほしいと思っていた。
でも、他の先輩は苦労しても報われなかったから自分もそうなるかもしれない

だから、俺や基山先輩は「神」と言う概念を生み出し、それが自分の苦労に報いてくれると思い込んだ

1/22
土曜日だったので家族は家にいるはずだ
この日はいい夫婦の日だと思ってたがそれは11月らしい

自宅の番号に電話した。
仕事を辞めることを伝えた
父「あてはあるのか?」
私「ありません」
父「ここよりいいとこはないぞ、わかってるのか?」
私「はい(号泣)」

もう、全てを捨てようと思った。
沖縄か何処かで孤独に過ごしてあと220万円貯めてスイスで安楽死しよう。
善は急げだ
どのみち30歳以降で楽しそうに働いてる人なんていないんだ

しかし、まだ死ぬ前にやるべきことがある

あいつを地獄に落とす

例の同期みたいな人間が生きていて俺が死ぬのはおかしい

1/20
基山先輩からLINEが来た
体調が悪くてしばらく休職する、ごめん。という内容だった
最後の電話になった
「日に日に弱っていってて、先のことはわからない」と言っていた
俺は先輩に対して「ほんとにもう無理しないでくださいね」と言った

先輩は本当に職場の透明人間になってしまった…

なんで…真面目に働く人間がバカを見なきゃいけないんだ…おかしい…
この企業も…この社会も…全て…おかしい…おかしいよ…
神様は心の弱い人間が作り出した空想上のもので、実在しない
現実の社会は理不尽に溢れていて 自己中心的な人間ほど得をするようにできているものだ 涙で前が見えない

レクサスは
「遠くに飛ばされたら辞める」と言っていたが

田舎配属に耐えることのできない心の弱い人間ほど都会に配属されていると思う

都会で恵まれた文化資本のもとで生まれ育った人間は本社に配属されやすく、本社配属された彼らは自身と似た人間を本社に置く

これは格差の再生産だ

自分みたいな
僻地に配属され、組織で都合よく搾取されている人間ができることはなんだろうか
神風(異動)を待つことではない

悠長にそんなことをしていたら先輩方みたいになってしまう

古代オリエントの時代から決まっている
目には目を 歯には歯を
理不尽には理不尽を

そうだ、会社は辞めよう。
あの時同期に言われた「隣県に飛ぶなら辞める」という言葉が頭から離れない。そりゃあ政令指定都市育ちに左遷はないだろうよ。
関東採用の同期2人は本社らしいし、他はよくわからん。
クソ田舎にいるのは俺にとって毒になるじゃないだろうか、さよなら青延川

1/28
神は死んだ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?