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「みんな違って みんないい」を感じた瞬間 | 障がい者週間イベントからの気づき

目から鱗。驚き、理解、感動、そして共感。これが率直な感想だった。

今週所属する会社が主催する障がい者週間のイベントに参加した。これまで私自身、障がいをお持ちの方からお話を聞く機会があっただろうか?覚えている限り、ほぼ40年生きてきて初めての経験だったと思う。

控えめに言っても感動した。恥ずかしい話だが、わたしは「障がい」と聞くと、「どこか不自由がある」「かわいそう」というイメージを心のどこかに持ち、これまで障がいと向き合ってきたように思う。今回のイベントを通じて「障がい」に対する考えが180°変わった。その感動を忘れないうちに言語化しておきたいと思う。

そもそも「障がい」って何?

障がいとは、中長期的に認識されるものとは違う生活様式を取り入れる必要のある心や体の状態のことを言うようだ。

「違う生活様式を取り入れる必要性_。」

なるほど。一般的な見方だと「不自由な状態」と捉えてしまいがちだが、そうではなく、身体的あるいは精神的な特性が他の人と異なるため、生活様式をその特性に合わせて調整する必要があるということなのか、と理解した。

また、「障がい」と一言で言ってもその種類は多種多様。今回講演された方(Ayammyさん)は、視覚障がいを持つ女性だったが、視覚障がい以外にも聴覚、手足等の身体的なものから、脳、精神に関するものまで実に様々。また、視覚障がいだけを取ってみても、先天性・後天性、全盲・弱視、その中でもさらに細かなタイプに分かれるようだ。

つまり、「障がい」という言葉一つで簡単に括れるほど単純なものではない訳だ。言葉は、あくまで制度や福祉サービスを行う上で定義が必要なためある、と捉えた方がよさそうだと感じた。

Ayammyさんの経験

Ayammyさんは、生まれた時から網膜に異常を持っていたようだ。ただ、当初は日常生活に影響するほどの症状ではなかったため、20歳頃まで気づかなかったという。なんとなく「本を読むのに時間がかかるなぁ」と感じる程度だったとのこと。

しかし、症状の進行により生じたある経験から、彼女はその程度の大きさに気づき、結果的に障がい者認定を受けることになる。その経験はとてもショックなことだったと彼女は振り返った。身体状態は今までと何も変わらないのに、強制的に別のカテゴリーに分類されてしまったような、そんな印象を受けたからだ。

障がい者認定後、彼女は留学を経て別の職に就く。当時は、まだ見た目から障がい者であることはわからない程度だったため、周囲の数名を除き、職場では障がい者であることを隠して仕事をしていたそうだ。しかし、症状の進行によって仕事のパフォーマンスに影響が出始めると、身体的のみならず精神的にも追い込まる。結果彼女は、上司に退職を申し出る。現状を変え、自分に合った知識、スキルを習得するための特別な訓練を受けることを決意する。幸いにも会社を辞めることなく休職という形で、彼女はこの時間を過ごすことになる。訓練、リフレッシュの1年を経て職場復帰した彼女は、社内講演で自己開示の場を持つようになっていったという。

Ayammyさんのスキル

これらの経験を経て私が見た現在のAyammyさんは、素晴らしいスキルを持ち、そして立ち振る舞いからも素敵さが垣間見えた。

普段の仕事の様子(PC作業の様子)を見せてもらった。彼女は普段、会社から支給されたMicrosoft Office365が搭載されたPCを用いて仕事している。Office365に搭載されている標準的なアプリケーション、すなわちWord, Excel, PowerPoint, Outlook, Teams, Internetは全て駆使している。

脳へのインプットは、全て音声読み上げ機能を使う。その速度に驚く。彼女は恐らく4~5倍速で読み上げられた文章を聞き取ることができるのだ。
入力はタイピング。漢字変換も音声読み上げ機能を使って変換する。ミスのない完全な入力だ。タイプミスの多い私は冷や汗が出るほどだ。
また、当然ながらマウスは使わない。全ての操作はキーボードで行われる。

彼女は言った。「こんなことは、もし自分が視力を持っていたら習得しえなかった能力だった。」と。自分の身体的特徴を俯瞰的に捉え、補うための訓練を着実にこなし、積み重ねたことでできるようになったということだ。

- 困難な状況に置かれたからこそできたこと -

このことは、私の心に深く刻まれた彼女からのメッセージだった。

興味を持つ、課題を自分事化する

Ayammyさんは、「多様性」(ダイバーシティ)という観点から、企業、そして障がい者自身が持つべきマインドセットとして次のように語った。

受け入れ側(企業)として何ができるのか?様々なことに興味を持つ、課題・問題を自分事として捉えるようになること。これが次に繋がると思う。

確かに、障がい者雇用に限らず、例えば女性の活躍推進、LGBTなども、「自分とは関係のないことだ」「うちの会社には関係ない問題だ」と捉えてしまったらそこでゲーム終了だ。まずは「〇〇ってどんなもの?」「何が課題なの?」ってことに興味を持ち、それを体験的に学ぶことからはじめることが大切なのだ。

障がい者当人にもできることはある。障がいバリアの方に目を向けて自分を制限するのではなく、得意なこと、興味のあることをもっと伸ばしていけるようになるにはどうしたらいいのか、どんなことをしたいのか、そうするためには今何ができるのか?そんなことを考えていけるのではないか。

なるほど。でもこれって障がい者に限った話じゃないよね?って思った。私を含めた多くの人は、「何も才能のないこんな私に何ができるんだろう?」「どうせ私は何やったって・・・」と挑戦することにブレーキをかけがちだ。確かに、挑戦したからといって、自分が何者かにはなれるかどうかはわからない。でもそう考えて行動を制限するのではなく、興味や得意、スキに目を向けることで、一歩ずつ前に歩みだしていくことで、最終的には過去の自分が思いもよらなかったような自分に生まれ変わることができるのかもしれない。

困難や失った経験があるからこそできること、見える世界、得られる経験。そのような一見デメリットが持つ「可能性」について考えさせられるよい時間であった。

さいごに

本文には記載できなかったが、街中で困っている視覚障がい者を出会った場合のポイントについて、彼女から習ったこと、彼女のYouTubeチャンネル、そして、彼女が読んだヨシタケシンスケさんの絵本「みえるとか みえないとか」の朗読動画(←これQualityの高さに驚きます!)を添付いたします。読者の方の何か参考になれば幸いです。

【街中で困っている視覚障がい者を出会った場合】

❶ 困ってそうだなと思ったら、「何かお手伝いできることはありますか?」と声をかける。
❷ 道を教える場合は、彼/彼女が向いている方向を時計盤に準え、「トイレは、10時の方向にありますよ。」などと伝える。
❸ 先導する場合は、手ではなく、肩か腕を彼/彼女に貸してあげると安定して先導することができる。

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