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ハツカネズミと人間

舞台は1930年代、 大恐慌時代のカリフォルニア州。子供のような心を持つ大男レニーは知的ハンデを持っている。ふわふわの柔らかい生き物が好きで、小さなネズミをポケットに持ち歩くのも指で撫でていられるから。いつの日かウサギを飼って存分に撫でるのを夢見ている。欠点は力が強すぎるうえ自制が効かないこと。

レニーと一緒にいるのはジョージという男。レニーに呆れ、文句を言いながらもその失敗をカバーして見守ってきた。共に農場を渡り歩きながらジョージはレニーに素敵な将来の計画を聞かせる。レニーは幸せな気持ちになり何度でもジョージにその話をねだる。レニーにとってジョージの言うことは全てだ。

2人の他にも、ヨボヨボの犬を飼っている老人キャンディ、黒人だからと蔑まれているクルックなど登場する労働者たち全員の人間臭さが、カリフォルニアの自然の描写とともに描かれている。何度も何度も読み返したスタインベックのこの本は私のお気に入り。

クルックの部屋でクルックがレニーに言う台詞、「男は仲間が必要だ。誰でもいいし、喋り返さなくてもいい。ただ一緒にいる仲間が必要だなんだ。じゃないとおかしくなる」にはクルックの苦しさや寂しさが胸に突き刺さる。残念ながらレニーはそんなクルックに同情したり共感したりするほどの知能が無いけれど、それでもクルックは気持ちをレニーに吐き出せて良かったと思う。

著者のスタインベックが生まれたのは1902年。この時代、貧しい労働者たちは必死に働き、ささやかな夢を見た。でもその夢が現実的では無い事も知っている。あちこちの農場を周り仕事をし、給料が出れば呑んで売春宿に行く….自分たちがそんな人生で終わる事を知っている。それでも彼らは夢を見たし、同じ場所で働く他の者の気持ちを思いやり、時には「友」と呼べるような関係を築いた。上流階級の暮らしが題材の小説も面白いが、個人的にはこういった泥臭いストーリーの方がずっと好きだ。日本の小説でも外国の小説でも。

「ハツカネズミと人間」という題名はスコットランドの詩人R・バーンズの詩『二十日鼠に寄せる』から来ているとのこと。日本語訳を検索してみた。人間のせいで散々な目にあうネズミの悲劇を描いた長めの詩で、後半のこんな文が目に止まる。

『でもネズミよ、君は一人じゃない。(中略)君は恵まれている。君には今がある。だが私が見るのは過去だ。前途は暗澹としていて私はそれを恐れている。』

ジョージはきっとこれからこんな思いで生きて行くのだろうと思った。

この小説は映画にもなっているのでいつか観てみたい。ちなみにアメリカで人気だったゾンビドラマ「ウォーキングデッド」の初期のエピソードに出てくる少女リジーの最期のシーンはこの小説を意識して作られたエピソードだとか。

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