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台湾コロナ対策で脚光 「天才プログラマー」IT大臣

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2020/4/16 2:00
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台湾のデジタル担当政務委員(閣僚級)であるオードリー・タン(唐鳳)氏。ビデオ会議サービスの「Zoom」を使ってインタビューした
台湾のデジタル担当政務委員(閣僚級)であるオードリー・タン(唐鳳)氏。ビデオ会議サービスの「Zoom」を使ってインタビューした
日経クロステック
世界中の国や地域が新型コロナウイルス感染の拡大防止に追われるなか、台湾の「マスク配布システム」が一躍脚光を浴びている。仕掛け人の1人が台湾当局のデジタル担当政務委員(閣僚級)であるオードリー・タン(唐鳳)氏だ。

タンは氏1981年4月生まれの38歳(取材時)。ウェブの登場とともに独学でプログラミングを学び、米シリコンバレーで起業した経歴もある。「天才プログラマー」とも称され、2016年10月から台湾の行政サービスのデジタル化を担っている。

マスク不足に対処するため台湾がいち早く導入したマスク配布システムは、台湾の行政サービスが日本よりもIT(情報技術)を効果的に活用している事実を知らしめた。20年3月には東京都が公開している「新型コロナウイルス感染症対策サイト」のソースコードについて、タン氏が自らソフト開発支援のオンラインプラットフォーム「GitHub(ギットハブ)」で翻訳を修正した。インターネットで「タン氏が降臨した」と話題になった。

タン氏が担う台湾当局のデジタル行政はなぜ先進的なのか。技術系デジタルメディア「日経クロステック」はシンクタンクの行政情報システム研究所と編集者の若林恵氏によるタン氏へのオンラインインタビューに加わる形で、日本を含む世界のITエンジニアへの期待を語ってもらった。

台湾当局のマスク配布システムは、健康保険を担当する「中央健康保険庁」がマスクを販売する薬局の30秒ごとの在庫データをCSV形式でネット公開したことに始まる。このデータを使って、多数の企業や技術者がマスクの在庫がある薬局を地図上に表示するアプリなどを次々と開発して公開した。

マスク配布システムのデータを利用したアプリの画面例。大人用と子供用の在庫数を表示(出所:g0v)
マスク配布システムのデータを利用したアプリの画面例。大人用と子供用の在庫数を表示(出所:g0v)
利用者はICチップ内蔵の「全民健康保険カード(NHIカード)」を薬局に示せばマスクを購入できる。20年3月には専用ウェブサイトにNHIカードを登録して携帯電話でマスクを注文すると近隣のコンビニエンスストアで受け取れる「eMask 2.0」と呼ぶサービスも開始した。

■行政のデジタル化支える「シビックテック」

マスク配布システムはタン氏が単独で作り出したものではない。ITで社会課題の解決を目指す「シビックテック」と呼ばれる取り組みを進めているコミュニティー組織「g0v(ガブゼロ)」の存在が大きい。g0vは行政組織でも企業でもない「市民」の立場からITを駆使し、様々な地域の課題を解決する技術者らボランティアによる組織だ。

台湾では直接投票による総統選挙を初めて実施した1996年に、インターネットの普及が始まった。そのため台湾では「ネットと民主主義が不可分」(タン氏)という。シビックテックなどのコミュニティー組織は台湾当局よりも権威があり、市民がITを駆使して社会課題の解決に役立てるという世界でも先進的な政治文化を築いてきた。タン氏自らも言論の自由を享受する最初の世代として関わってきたという。

タン氏によると、マスク配布システムはシビックテックに参画している技術者らがボランティアで考案したものだ。タン氏は「私が貢献したのは技術者らのアイデアやプロトタイプを広く紹介したこと」と明かす。そのうえで行政院長(首相に相当)に「マスクの在庫がなくなった薬局に人々が何度も足を運ばないようにできる」と提案したという。

この提案を受けて中央健康保険庁はIT企業やプログラマーと契約して、薬局にあるマスクの在庫状況をリアルタイムで集計したり、NHIカードで購入者の認証をしたりするマスク配布システムを構築した。「私自身もプログラミングしたが、アイデアは極めてシンプルなものだ」とタン氏は語る。

タン氏がg0vにどうすればマスクの在庫情報を視覚化できるかアイデアを募ったところ、g0vを通じて次々とアプリが開発された。台湾当局のウェブサイトには今や100件を超える地図アプリやLINEアプリ、チャットボット、音声アシスタントアプリが公開されている。

■市民と行政、オープンに議論

g0vは2012年にオープンソースのコミュニティーを基に発足したシビックテックコミュニティー組織だ。米グーグルなど著名IT企業のプログラマーやデザイナー、大学教授、非政府組織(NGO)のメンバーらが参画している。タン氏も7年以上にわたって参画しているという。

g0vは台湾当局のウェブサイトのURLに含まれる「gov」の「o(オー)」を「0(ゼロ)」に置き換えてデジタル化を進める「g0v.tw」というサイトを立ち上げた。そして台湾当局の行政情報を誰でも無償で二次利用や機械処理ができる「オープンデータ」として開放するなど、情報の「抜本的な透明化」(タン氏)を進めてきた。

14年3月には中国との「サービス貿易協定」の批准に反対する学生や市民が日本の国会議事堂に相当する立法院を占拠した「ひまわり学生運動」が起きた。このときg0vは市民らが互いにコミュニケーションできる情報プラットフォームやツールの開発に取り組んで一躍知られるようになったという。

g0vが作り出したのが、台湾当局の規制などについて誰でもオープンに議論できるプラットフォームである「vTaiwan.tw」や、ネットで数多く飛び交う偽情報を即座にLINEで調べられる「cofacts.g0v.tw」などである。

vTaiwanはg0vが15年にオープンソースのツールを集めて構築したウェブサイトだ。アカウントを登録すればトピックにコメントを投稿したり、他のユーザーのコメントに賛否を投票したりできる。

vTaiwanが通常の電子掲示板と異なるのは、参加者のコメントに直接返信することはできない点だ。こうすることで参加者が互いに罵り合う「荒らし」を激減させた。参加者による賛否の投票数に加えて、意見の違いや合意事項が視覚化されるので、参加者は次第に投票を獲得するために意見の違いを解消しようとするという。タン氏は「怒りを創造性に変えられれば誰にとってもベスト」と効果を語る。

vTawanの仕組みを基に、タン氏は「公共政策ネットワーク参加プラットフォーム」というサイトを構築し、地方自治体ごとの課題を議論できるようにしている。市民と行政機関が互いにオープンな議論をしたうえで、政策立案者が法制度を作れるように支援する仕組みだ。

タン氏は「デジタル変革のイノベーションは市民社会や公共サービスのいずれか一方だけから始まるものではない」と強調する。プラットフォームは「相互説明責任」の形成に寄与するものだという。相互説明責任とはもともと国同士が互いに自発的に約束したことに責任を負うと同意する国際関係のプロセスを指す。

市民と行政機関の間でも同じだ。タン氏は「相互説明責任の下で市民らの社会セクターは正当性を確保できる。行政機関の公共セクターはリスクを低減できる」と話す。行政のデジタル化は、市民と行政機関が互いに協力関係を築くための重要なツールになるというわけだ。

■「SDGs」テーマに総統杯ハッカソン

タン氏は自らの仕事にも市民と行政機関が相互に協力できる仕組みを徹底して取り入れている。「私のオフィスの半分は各省庁の代表者のために用意し、残り半分はシビックテックに関わる方が使っている」と明かす。

タン氏は独自の予算権限やスタッフは持たない。提案したプロジェクトは各省庁の予算に組み込まれ、省庁が進めているプロジェクトを監督する。優れたアイデアがあれば関心のある閣僚に伝えて行政院長の承認を得て実行に移す。いわば省庁間に横串を通す役割を担っているという。

海外のソフトウエア開発では開発チームのメンバーがそれぞれの仕事を目に見える形で表現する「Working Out Loud(声に出しながら働く)」と呼ばれる手法が知られている。タン氏は様々な関係者と昼食をともにし、Working Out Loudの手法を取り入れて開発作業を進めているという。

台湾は日本と同様に島が多い。タン氏は中央と地方の間に情報格差が生じないように、ネットで省庁と地方自治体の関係者がリアルタイムでやりとりする仲介役も担っているという。タン氏は「台湾の様々なところで生まれる小さなイノベーションであっても、公共セクターやシビックテックとともに広めて誰もが共有できるようにしている」と話す。

さらに台湾が行政のデジタル化を加速するため毎年1月から7月にかけて開催しているのが「総統杯ハッカソン」である。

総統杯ハッカソンは「貧困撲滅」や「気候変動対策」といった17の「SDGs(持続可能な開発目標)」に沿って、技術者やデザイナーらがチームを作って課題を解決するための技術やアイデアを持ち寄り、短期間に新サービスの提案やアプリケーションなどの開発を競うイベントだ。

19年の総統杯ハッカソンには15の国・地域から23チームが参加したと伝えられている。総統杯を受賞したチームのすべての提案は台湾当局が3カ月以内に政策として実行に移すという実践的なものだ。

g0vなどのハッカソンには日本からもシビックテックの一般社団法人である「Code for Japan(コード・フォー・ジャパン)」が参加しているという。タン氏は20年3月に日本語で参加を呼びかけるプロモーションビデオをネットで公開、日本を含む海外からの参加者に期待を寄せる。解決すべき課題は「どの地域に住んでいても誰もが一致する世界的な目標であるSDGs」(タン氏)である。実際に受賞チームは海外からも注目されている。

タン氏は行政のデジタル化について「アナログだった公共サービスを広く人々に届けられるよう広めるものだ」と語る。例えば電子署名を導入する法制度については「印鑑を使うなと言うのではなく、電子署名は印鑑と同じくらい良いものだ」と説明したという。

行政のデジタル化は単なる効率化でも既存の文化に取って代わるものでもない。タン氏は「誰一人取り残さず、人々がもっと創造的な仕事ができるようにするものだ」と強調した。新型コロナウイルスに対処するために作られたマスク配布システムは、その一例にすぎないというわけだ。

(日経クロステック/日経コンピュータ 大豆生田崇志)

[日経クロステック2020年4月8日付の記事を再構成]

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