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【連載小説】ガルー(6)脱力系冒険小説

田舎のサービスエリアというのは、閑散としてどこか湿っぽいところがある。

この寂れたムードは、大きな看板に出来たサビにも見られるし、清掃が行き届いていないトイレにも見られるし、なにより緩慢な従業員に見られる。

食堂のメニューはずらりとたくさんあるが、ほとんど客が来ないためなのか開店前から品切れ状態で、選択肢が極端に絞られ、結局3人とも同じきつねうどんを注文する羽目になってしまった。

しかも一杯1500円である。

緩慢な従業員は一体何をしているのか?

我々が注文してから50分、そういえば調理場の方からは物音ひとつしない。

「一体、いつになったら出てくるんでしょうか。我々のきつねうどんは」

「そうよ、ちょっと遅すぎない?馬鹿にしてるわよ」

「うむ。分析するに、まず自分らの昼食を摂って腹を満たした後、我々のうどんを作り始めるのではないだろうか?確かに、ちょうど腹の空く時間帯だ」

「ねえ、タナカさん。そんな馬鹿げた話ってありえると思う?」

「教授がおっしゃるのですから、ありえなくもないでございましょう」

「あるいは、昼休みで居眠りか」

「じゃあ、なぜ注文を取ったのよ?」

「反射神経かもな」

「あのバア様がぁ?」

「昔取った杵柄?のような…」

もちろん、寂れきった食堂内には、ボクら3人しか客はおらず、古びたテレビから流れてくる昼過ぎのメロドラマが、妙にくすんだセピア色の食堂内の雰囲気とマッチしていた。

「あたし、文句言ってくる!」
最初に席を立ったのは705だった。

「腹が減ると狂暴性が発動される」

「705さんは、いつでも凶暴のような気がしますがね、うっしっし」

「タナカ。今なんか言った?」
火に油を注いだ形となって、705はタナカを睨み付けた。

それから勢い勇んで調理場の方へと消えた。

「行っちゃいましたね、705さん」

「よほど腹を空かせているんだろう。まったく野生的な女だよ」

「そういうところが彼女の魅力ですよね」

「まあな。女はあれくらい気が強くないとつまらない」

調理場の方からは705のかん高い怒声だけが聞こえてくる。

そこまで怒ることもなかろうに、とは思うが、705の腹の虫は治まらないどころか空腹感で一層活発になってしまっているようだ。

そうして約5分、散々無駄なエネルギーを消費して、更に腹を空かせて帰ってきた。

「まったく、馬鹿にしてるわあ」

「で、どうでした?中の様子は」

「教授のおっしゃった通り。笑っちゃうわね、ご夫婦揃ってランチタイムよ。それもきつねうどん」

「しかもきつねうどんって。一体どういうつもりなのでしょうか。こっちは先ほどから、腹ヘリヘリだっていうのに」

「さらに信じられないことには、あたしが行ったとき、笑顔で軽く会釈されちゃって」

「ますます怒り心頭ってわけだな」

「でも教授。どうしてわかっちゃったんですか?ランチタイムだってことを」

「すべての解明の鍵は、一見ありえないところに隠されているものさ。ガルーの捜索も同様だよ」

「でもさぁ、調査するくせに教授、どうなんだろう?リサーチをかけないの?地元の人たちとか、その土地の研究者とか、さ?チームを組んだ方が、成功率は高いと思うけどな~」

「リサーチ?できれば当然それは有効な手段だが、結果的に自分の勘が一番正しいと気がついた。科学的な返答でないのはわかっているよ。ただ、我々の調査は秘密裏に進める必要がある」

「なぜ?」

「未確認生物発見にかける探究心を損なわないためと・・」

「それから?」

「主に経済的な理由からだ。スポンサーさえつけば、すべての問題を解決できるんだけど、まず出資をしようとする奇特な人間がいない。調査のコストがかかっている。我々がガルーを捕獲して、それをもとに一儲けしないことには、もとが取れない」

「スポンサーは探したの?」

「いや。今のところはまだ。だけど、当てがないわけじゃない。そのうち掛け合ってみようと思っている。それまでは自力でなんとかしよう、という流れだ」

「奇特な人がいたもんですね」

「ああ。なんでも自宅のプールでシャチを飼っているという大富豪だ」

「シャチって、あのシャチ?」

「"鯱"以外のシャチは他にはあるまい」

「と、とんでもないお金持ちじゃないですか!!我々の日給も少しは上がるかなあ」

「せめて、ガルーの写真でもなんでも、とにかくガルーの存在を証明するものがなければ、いくら奇特な人間でもさすがに金は出さんだろう」

「まあ、そうね。当分は教授の勘を頼りに動くしかないわね。気が遠くなっちゃうけど」 

調理場から、お盆に3つのきつねうどんを乗せてバア様が出てきた。

ようやくにしてきつねうどんが到着した。

バア様が「今日は本当に暑いですね」などと、どうでもいい世間話を笑顔で振ってきたが、全員でそれを無視した。

なにせ一杯1500円である。

「おい、タナカ」

「はい、教授なんでございましょう」

「きつねうどんの定義とはなにか?」

「さて。うどんとつゆ。お揚げが乗っていて、かまぼことネギが入っているのが、一般的ではないでしょうか?」

「うむ。よろしい。うどん、つゆ、お揚げ。きつねうどんとは、この3点でも確かに成立するが、かまぼこやネギも入れて、より美味しく頂けるようにするのが一般的だな」

「はい、そうであります」

「では、このきつねうどんは、定義上は何も問題はないが、お店としての配慮が著しく欠落している、ということだな」

「まさしく、その通りであります」

「ほんと馬鹿にしてるわね!なんなのよこれは一体!賄い飯じゃあるまいし!」

「確かに。まだどん兵衛の方がよほど親切にできている」

素うどんに薄っぺらいお揚げが1枚申し訳程度にのっているだけの簡素なうどん。

「原材料費を推測するに、うどんがひと玉30円、お揚げも1枚30円。つゆはヤマキの麺つゆ3倍濃縮を薄めて使ったとして、光熱費を考慮しても原価は100円程度だな。ここの家賃は知らないが辺鄙な田舎だ。仮に一杯200円としても、残りは丸ごと人件費ということになる」

「ほとんど詐欺じゃないですか」

「ああ。あの夫婦、長生きはできんだろう」

「あたし、文句言ってくる!」

再び705が大きな音を立てて席を立った。

そうして一目散に調理場の方へ消えた。

調理場の方からは、705の甲高い怒声が響いてきた。

あの夫婦はどのような顔で、705の怒声を聞いているんだろうか。

・・とそのときである。

調理場の方から、ボクらを呼ぶ705の声がした。

「教授!早く来て!!早く!」

「どうしたんでしょう、705さん」

「さあ。とにかく行ってみよう」

ボクとタナカは705に言われるまま、調理場の方へ向かった。

そこで見たものは・・裏口から逃げるガルーの後ろ姿だったのだ。

「あっ!ガルーだ!おい待て~!」

再び、昼食はお預けとなった。

ボクらは車に乗り込んで、ガルーを追跡することになったのだった。


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