1米ドルの交換レート_USD_IRR_2019年7月19日まで_

読書感想文「羽生善治×AI」(長岡裕也)



著者の長岡裕也五段は1985年生まれで2005年にプロ入りした将棋のプロ棋士です。

長岡五段は2009年1月1日に羽生さんからのオファーを受けて1対1形式の研究会を行うようになりました。

始めた当時、長岡23歳、羽生38歳から、本書が発行された2019年1月、長岡33歳、羽生48歳までの10年間の、研究会での羽生さんとのやりとりをメインに、著者が羽生さんから直接学んださまざまな「生き方」「考え方」のエッセンスが述べられています。


感想を三行でまとめると

(1)読みやすい
(2)長岡さんが羽生さんが好きなことが分かる
(3)AIに関する知識などが得られるわけではない


印象に残った言葉

✓ まさかのオヤジギャグ
✓ 自分にできることをやるしかない
✓ 深い感慨とともに、一抹のふがいなさ


イントロダクション

まず、正確さよりわかりやすさを考慮して将棋の世界に関して説明しておいたほうが良さそうなことに触れます(コアな将棋ファンは飛ばして大丈夫)。

将棋のプロ棋士は名人、A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組、フリークラスのクラスに分かれていて、クラスごとに年度単位での昇降級を賭けたリーグ戦をしています。羽生さんは現在まで27年連続でA級またはタイトルホルダーのトップ中のトッププロ。一方、長岡五段は2005年にプロ入り後、C級2組在籍のまま昇降級なく2019年度が15期目となる「普通の」棋士です。

将棋の研究会は、トーナメントプロである棋士が練習の対局をしたり課題局面(流行の戦型で出てくることの多い局面で、何が最善の指し手なのかの結論が定まっていない局面)の検討をしたりする非公式の会合です。プロ競技の選手はたいてい練習やトレーニングをして公式戦に備えるものですが、将棋の場合は1対1での勝負という性質上、一人ひとりで勉強する以外に、2人や4人での研究会を設けて対戦形式でのトレーニングをするわけですね。私の知る限りではだいたい月に1回の間隔でされていることが多いようです。自主的な取り組みですのですべての棋士が研究会をしているわけではなく、また複数の研究会に参加することも自由です。本書によると羽生さんの場合は現在3つの研究会をされているということです。

大スターの羽生さんと普通の棋士の長岡五段が研究会をすることになった経緯に関してはネタバレ回避します。
研究会の日は1日がかりで朝から夕方までかけて2局の練習対局をしているということなので、10年間月1回としておよそ120日、240局の対局をされてきた長岡五段の視点での羽生さん像が語られています。


(1)読みやすい

本が目に入ってなにげなく読み始めて、スラスラと引っ掛かりなく流れていくので止まらなくなり、そのまま完読。驚くほどの読みやすさでした。

240ページくらいのよくある新書本の分量で本ですが、1時間20分くらいで読み、途中で本の内容と自分の記憶がかみ合わなかったので検索で調べたり、冷蔵庫の飲み物を飲んだりで中断したりもありで、実読時間はさらにあっという間。

私は特に速読ができるというものでもないです。自分基準でどうなのだろうか、と本書と小説(何十冊か読んでいる読みなれた作家のもの)とビジネスハウツー本(初見の著者のもの)を2,3分ずつ読み比べてみたところ、文字数/分で本書を読むスピードは小説より8割増、ビジンスハウツー本より3割増くらいとなりました。小説は想像力を動員して作者の作り上げている世界に入っていくイメージトレーニング的な頭の使い方が必要になるので大変なんだろうな、と自己分析しつつ、やっぱり自分基準でも相当読みやすい。

論理的で事実と推論の区別がはっきりしているので読みやすい。また各論について一応の結論をつけているので伝えたいことが明瞭です。

文章がいかにも棋士らしいな。と感じました。
棋士は、将棋を指すことが仕事ですが、将棋を指すのは、論理的に指し手を考えて、考えを整理して、結論として考えた結果を一つの指し手としてアウトプットする。ということを対局の開始から終了まで延々と繰り返していくゲームです。プロ棋士は強くなるために、小さいころからそのような思考の組み立てと思考出しのトレーニングをし続けて、結果として競争に打ち勝った者がプロの資格を得るので、アウトプットの対象が文章になっても論理性や明瞭性は優れているのではないでしょうか。



(2)長岡さんが羽生さんが好きなことが分かる

本書は4章に分かれてそれぞれの章が20前後の小見出しで始まるブロックに分かれ、小見出しの内容を解説ないし考察調で綴っていく、という形式を取っています。各章のタイトルは以下の通り
第1章 1本の電話
第2章 「VS」の真実
第3章 ソフトとの10年戦争
第4章 人工知能時代の本質

改めて読み返すと確かに各章でそれぞれの内容が記述されているのですが、1周目の時点では読みやすさの気持ち良さも相俟って、各章のテーマにそった内容が展開されているということはあまり意識に上がりませんでした。

代わって、羽生さんの来歴や羽生さんと長岡五段とのやりとりのエピソードやソフト(将棋ソフト)やAIに対する羽生さんの見方を紹介する際などの随所で感じたのが、長岡五段の羽生さんに対する思いの表れ。

適切に表現するのは難しいです。

完全な憧れと感動の記憶と甘美を愛ずる心持ちを混ぜて感謝のスパイスをかけたようなもの

かなあ。

没頭する趣味がある人がその趣味について語るときに楽しさが隠し切れない様子に通じる感覚を受けました。具体的にはタモリ倶楽部のマニア企画で出てくるマニアの人のあの感じです。

大好きなんだと思います。


(3)AIに関する知識などが得られるわけではない

第3章でプロ棋士と将棋ソフトとの関わりの経緯と現状、第4章で将棋以外のゲームにおけるAIの状況などにも触れられていますが、本書はAIの技術的なことや今後の社会における実用の方向性など、巷間にあふれるAI関連本のトピックを取り上げているわけではありません。

羽生さんはAIについても非常によく勉強しているという紹介はありますが、そこから具体的なAI論に入るというわけでもありません。

将棋界は将棋ソフトの発展という形で社会に先駆けてAIとの共存が進行していった業界ですが、そのような流れの中に対する羽生さんのかかわり方を紹介することで、あくまで羽生さんという人間を記述するための切り口の一つとしてAIをテーマにもってきた。といったところ。


本全体の内容からすると、タイトルは「羽生善治と私」くらいの方がしっくりきますが、営業的には「AI」の単語を入れ込んだ方が興味は引くだろうことは想像はつきます(笑)。


私は20年来の将棋ファンで本書を楽しく読むことができました。また、羽生さんのことをニュースなどで知ってひととなりを知ってみたい方には本書はおすすめです。将棋界の解説も含まれているので、将棋をはじめてみた、あるいは興味があるという方も読まれてみてもいいかも知れません。




サポートいただいた金額は、面白そうなものやサービスに使ってレポートをしたいと思います