キートンの短編映画

「キートンの船出」(The Boat) は、キートンの短編10作目として1921年11月にアメリカで公開。私は、1974年11月に福山の名画座で「キートンの探偵学入門」の添え物として見ています。なにしろ「探偵学入門」は45分ほどしかないので、「キートンの化物屋敷」も添えられていました。しかも、チャップリンの「街の灯」とスタンリー・クレイマーによる2時間半のスラップスティック大作「おかしなおかしなおかしな世界」(1963)との三本立てという考えられない豪華さ。実際には短編2本と長編3本を見たわけで、映画館も回転率が悪かったろうに。400円ほどで田舎都市の場末の映画館でリッチな日曜が過ごせたのでした。しかも、帰ってから淀川さんの日曜洋画劇場でヒッチコックの「フレンジー」を見ています。受験が迫っている高校三年生だったのに。

まだ見ていない短編も何本かあるからはっきりとは言えませんが、「キートンの船出」は彼の短編の中で最高傑作だと思っています。25分ほどあって、今ならこれ一本だけで十分満足。これまでの数本はバージニア・フォックスが相手役を務めていましたが、初期の短編に出ていたシビル・シーリーが呼び戻されています。彼女との新婚生活がハチャメチャになってしまった傑作「キートンのマイホーム」の続篇ともいうべき作品で、今度は幼い二人の男の子がいて、キートンと同じ帽子をかぶっています。今回は、家が全壊してしまうのみならず、車も水没し、肝心のボートさえも沈没してしまう非常に悲惨な家族の話なんですが、シーリーは相変わらずノンシャランだし、子供たちもしょげている様子がない。「マイホーム」のラストで若いカップルが手をつないで奥のほうに歩いていくとき同様、四人の家族が一心同体で海岸の暗闇の中に消えていく姿が微笑ましい。

1階のガレージで船を作ったものの出入り口から船が出ないので、出入り口のまわりの壁をこわして船を車で引っぱるのですが、何かが引っかかって、二階建ての家が崩れ落ちてしまう。でも、この家族にとってはどうでもよいことらしく、ボートを引っぱりながら車でサッサと出かけてしまう。

波止場に着いて、キートンが一人で車に乗ってボートを水際まで引っぱっていると、子供がボートの前に横たわって遊んでいるので、ボートが前進しないように車とボートをつないでいるロープを切る。すると車が海に落っこちてしまう。さらに、進水式でキートンを乗せたボートがゆっくりと斜面を下っていくと、そのまま海に沈んでしまう。

なぜか次のシーンではボートが何事もなかったかのように進んでいます。で、いろいろドタバタが起こったあと、ボートは嵐に遭遇します。フレッド・アステアが壁や天井で踊る「恋愛準決勝戦」のように室内が回転する場面もありますが、最もナンセンスなギャグは、壁から流れ込む海水を出すために、海水が落ちる床の部分をドリルで開けてしまうというキートンの発想。当然下からも水が勢いよく流れ込んで、ボートは沈没。

しかし、まだ終わらない。家が壊れたときに救命ボートも壊れてしまったので代わりに浴槽をボートに積んでいて、家族はその浴槽に乗って漂流。幼い子供が手に何か持っているので、キートンがよく見ると浴槽の栓。これで家族は一巻の終わり…か?

2011年4月27日

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