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8月8日 ブラジル3日目「サルバドール歴史探訪ツアー」

早朝のビーチで娘と「ポンタ・ジ・アレイア」を歌った後、
朝食を済ませ、サルバドール歴史探訪ツアーに参加するべくホテルのロビーに向かいました。
ツアーは、昨夜ホテルで予約。参加者は全部で15名ほどでした。
朝8時集合でバンに乗り込み、移動。最初は私たちを含めて3グループ7人でした。
3か所のホテルで順次参加者をピックアップしていきました。
4つのホテルから参加したのは、ブラジルのサンパウロから3組、アルゼンチンから2組、スペインから1組、日本から1組(私たち)の16名でした。
雄弁で楽しいベテランのブラジル人ツアーガイド、ラザロさんに連れられて、サルヴァドールの各所を一日かけて巡るツアーです。


1.バハ要塞

1か所目に到着。
まずはバイーアの岬、バハ海岸の灯台です。ただの灯台ではなく実は、サルバドールの町を守るために建てられた「バハ要塞」というのが正式名称。
少し手前でバンを降りて、まず3人で写真を撮りました。
白の黒の灯台のデザインが気に入りました。

家族3人。奥にバハ要塞のある岬

そこからツアーメンバーみんなで岬の先端まで歩いていきました。
要塞というだけあって大砲が残っていました。

灯台に近づく。カモメが飛んでいて岬らしい雰囲気
大砲と共に

時間の癒合で、バハ要塞の内部にある博物館には入らずに、次の目的地へ。

2.ボンフィン教会

ボンフィン教会は、大西洋を見下ろす丘の上に立っていました。
ここはミサンガ発祥の「奇蹟の教会」と言われているそうです。

PAZ(平和)のオブジェの前で
ミサンガを結びつける

教会の前を歩いている売り子さんからミサンガの束を購入し、教会に巻き付けました。日本の神社で引いたおみくじを巻き付ける行為に似ていると感じました。幸せを願い神に祈るという行為は、洋の東西を問わないのだなと思いました。
妻と娘は手首と足首に結びつけていました。
教会内ではミサが行われていました。割とカジュアルでにぎやかな雰囲気で、最後は。、音楽も讃美歌ではなくブラジルのポップスを全員で歌って盛り上がっているような感じでした。
最後に、PAZ(平和)というオブジェの前で、娘と一枚撮りました。

3.旧市街(セントロ)での昼食、そして教会

パステルカラーの青やピンクの植民地時代の建物が並ぶペロウリーニョ広場の石畳の広場に並んでいます。
広場の緩い坂を上っていくと、オロドゥンのメンバー数人が通りで太鼓を叩いていました。
マイケル・ジャクソンのビデオクリップで共演したことでオロドゥンは世界的に知られるようになったとのこと。
映っているのはその建物。通りの反対側から彼らを見るだけでしたが、「おお、CDを持っているオロドゥンがここにいる!」と少し心躍りました。カーニバルの時なら、オロドゥンは大人数で太鼓を叩き、その音のうねりに眩暈がするんだろうなと勝手に想像したのでした。

そこから少し坂を上がって、ガイドのラザロさんが提携しているお店で、おみやげ購入タイム。

それからまた少し歩いて、開けたジェズス広場へ。
まずレストラン「マリポーサ」へ。ラザロさんお薦めのバイーアの伝統料理を2つ注文。ムケッカ・ジ・ペイシ、魚介類のフェイジョアーダです。
2つとも、本当に美味しかったです。赤唐辛子が効いていて、辛い物好きの私はすごく幸せでした。
ムケッカにはコリアンダーが入っていてアジア料理を食べているような錯覚に陥りました。地球の反対側でも同じ食材が料理に使われるけれども、出来上がった料理としてのありようは随分違います。それを面白いなと感じまながら味わいました。
ただ、やはり量が多くて、料理を平らげることはできませんでした。
ツアーメンバーの中で、私たちが一番最後まで食べていました。

ムケッカ・ジ・ペイシ(魚のムケッカ)
魚介のフェイジョアーダ
食べる私
食べる私
料理を待っている妻と娘。お店のインテリアが素敵だった
お店から見えるジェズス広場の街並み

もう食べられない、お腹いっぱい、バイーアの暮らしを堪能、大満足でレストランを出て、広場にある教会へ。
隣り合うサン・フランシスコ教会とオルデン・テルセイラ・ジ・サン・フランシスコ教会。オルデン・テルセイラで入館料を払い、入場。
支払いのための待合広場の四方に貼ってある、ポルトガルから運ばれた青い釉薬をかけた美しいタイル画(アズレージョ)が目を惹きました。写真はありませんが美しかったです。

中庭の回廊を過ぎ、次にサン・フランシスコ教会へ。
こちらは、植民地時代のキリスト教宗教美術そのもの、という感じがしました。絢爛豪華な黄金の世界。
ガイドのラザロさんが詳しい説明をしてくれました。しかしポルトガル語ですし、キリスト教布教の歴史、サルバドールの歴史に明るくないし、ということで、妻もあまり理解できなかったそうです。
信仰の対象として偶像を配置すること、信仰の対象である神の世界を表現するための黄金の使用、というのは日本のお寺と共通します。人間の宗教心・信仰心を表現するこの方法は、現れ方は違えど、通じる部分があります。
この目で現物を見ながら、改めてそう思いました。その精神性、完成までの途方もない作業量を思うと、その美しさと相まって眩暈がしそうになりました。

太陽光が差し込むサン・フランシスコ教会
雄弁に解説してくれるガイドのラザロさん
教会の天井

教会sを出て歩いていると、「こんにちは」「ありがとう」という日本語が。
広場に座っているブラジル人高校生のグループが、私たちを見て、興味半分でニコニコしながら声をかけていたのでした。
一人だと声掛け出来ないけれどグループだから出来る。日本人の高校生グループが日本で欧米人を見て「Hello」「How are you?」というのと同じ心理でしょう。ああ、高校生は地球の反対側でも同じか(笑)、と。これも面白かったです。

このあと、広場で、ある銅像に出会いました。
それは次回の旅日記で書くことにします。

つづく

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