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カンボジア一人旅

0日目 そうだ、カンボジアに行こう

今年のGWは、4/27(土)から4/29(月祝)の3日間と5/3(金祝)から5/6(月祝)までの4日間がカレンダー的な休みで、途中で3日間の平日を挟んでいた。
年度末の殺人的な忙しさを抜け、4月中旬の怒涛の提案書ラッシュを終えてコンペの結果待ちだった私は気づいた。
「これ、連休作れんじゃね…?」

心踊る予感を胸に、もし仕事を休めたら旅に出られるよう、できるだけ予定を入れないようにしていた。

4/22(月)くらいの時点で仕事を休めることがほぼ確定したので、Googleマップを眺めて行き先を考え始めた。初めての海外一人旅だし、まずはアジアかな、と思い最終候補まで残ったのは①ラオス(もしかしたら東南アジア周遊中の友人と会えるかも)、②中国(武陵源にめちゃくちゃ行きたい)、③カンボジア(アンコールワットに行ってみたい&友人が住んでる)の3つ。

ラオスにいる友人に連絡したところGWはちょうどタイに行ってしまうらしく選択肢から消去、武陵源は友人に紹介してみたところ好感触だったので別の機会に取っておくことにし、カンボジア行きを決めた。
その後、カンボジアに行くことを伝えるとプノンペンに住む友人が泊めてくれる(!)とのことで、首都プノンペンとアンコールワットのあるシェムリアップの2都市に行ってみることにした。

プノンペンで泊めてくれた彼女とは、2022年にモンゴルへ行った時に、モンゴル人の友人を通じて出会った。当時は日本語教師として大学で働いており、2年のモンゴル勤務を終えた後、去年からはカンボジアに住んでいる。「また会いに行かせてよ!」とモンゴルで別れる時に話していたことが現実になって嬉しい。一人旅に必要なのは、勢いと行動力!
(2022年にモンゴルに行ったときのことは、モンゴル武者修行商会のZINE(vol.2)のコラムの一つとして執筆し、今年の森道市場から好評発売中!)

ちなみに今回の滞在期間中に色々話していたら、お互いの実家が3駅隣で、生活圏も被っていたことが判明した。すごい偶然!!まさかカンボジアに来て最寄のドンキホーテの話で盛り上がれるとは思わなかった。


思いつきで海外に行くのは初めてだったので、行き先を決めてから出発までの3日で準備したことを、備忘と参考までに書いておく。


◯「地球の歩き方」を買う
1冊持っておくだけで安心感が違う。スマホを落としても地球の歩き方さえあれば何とかなる気がする。
各都市の特徴や移動手段、必要な事前準備、おすすめのホテル、お土産屋さん、主要な薬局や病院まで、本当に必要なことは全部ここに書いてある。広告まみれのるるぶやまっぷるが如何に見辛いかよくわかった。今回で地球の歩き方信者になった。

カンボジア基本情報だけじゃなく、アンコールワットのことが物凄く詳しく書いてあった



◯飛行機確保
スカイスキャナーで検索して金額と所要時間を天秤にかけ、各社の公式サイトで予約した。
羽田→香港→プノンペン(cathay pacific)
シェムリアップ→ハノイ→成田(vietnam airline)
と全て違う空港を使う妙な旅程になったが、初日の朝を羽田にしたのは移動時間を考えるとナイスな選択だった。
予約が直前すぎ&GW真っ只中&円安でめちゃくちゃ高かったが、こういうのは人生の必要経費なので気にしない!!
※ちなみに記事中の日本円表記は私が両替した時のレート(1$=159円)で書いています。この後下がり続けるなら仕方ないか…と思ったらマジで私が両替した日(出発日)が底だった。タイミング悪すぎ。

マジで底じゃん



◯カンボジアビザの事前入力
カンボジアは入国にビザが必要。
①大使館で取る、②事前にオンラインで取る、③到着してから空港で取る、の3種類あるが、今回は一番安い③のアライバルビザにした。
一応空港で紙提出も出来るらしいが、基本的に事前の情報入力はウェブorアプリで行う(7月には電子に完全移行するらしい)。入国審査用のアプリをDLし、あとはQRコードを出すだけ、というところまで日本で済ませておいた。
…のだけど、結局なぜか自動入力のはずのパスポート情報にミスがあり、結局現地で紙に記入して提出した。紙提出でも特に問題はなかった。周りを見ていた感じ、半分くらいは紙記入、残り半分がQRコード申請だった印象。

◯e-sim
カンボジアで使えるe-simを購入し、アクティベートまでは日本でやっておく。10GBで1500円くらいだったが、結局5泊7日で4GBしか使わなかったのでもっと安いプランで問題なかった。急に圏外になる時もあったが、だいたいは問題なく使えた。

◯Grabのインストール
現地でのメインの移動手段となるトゥクトゥクの配車アプリ。日本でいうところのGO PAYみたいなもの。
流しのトゥクトゥクを拾うとぼったくられるので、アプリで手配した方が安全らしい。事前にクレジットカードの登録も済ませておいた。

◯宿確保
前半のプノンペン滞在は友人宅にお邪魔することにしていたので、後半のシェムリアップのみ宿を確保。「地球の歩き方」で紹介されているエコノミーホテル(1泊5000円弱)の中で、一番agodaの評価が高かったところにした。(9.4!)
地球の歩き方では、高級ホテル、中級ホテル、エコノミーホテル、ミニホテル、ゲストハウスと価格帯別にホテルを分けてくれている。超便利!

2泊した宿



◯アンコールワットのガイド
せっかくならちゃんと学びたいな、と思い、自分の残念な英語力を考慮した結果、アンコールワットは日本語ガイドを探すことに。Twitterで「アンコールワット 日本語 ツアー」とかで検索していたら、複数人の旅好きアカウントが絶賛してる現地ガイドを見つけたので、メールを送って空いてる日を伺い、終日のプライベートガイドをお願いした。ドライバー込みで100$(15900円)。ホテルで手配できるガイド+ドライバーが110$だったので、たぶんちょうど相場くらい。

◯その他現地ツアー
シェムリアップ滞在最終日は17時くらいには街を出て空港に向かわなければならないので、それまでに帰って来れる現地ツアーを探して問い合わせしまくり。結局国立公園に行って滝を見たりするグループツアーをKK dayで申し込んだ。

◯プノンペン-シェムリアップ間の移動
これはすっかり忘れてたので現地についてからミニバンを予約した。13$(約2070円)だった。
Larrytaというバス会社を利用。

1日目 カンボジアへ

8時に羽田空港着。チェックインカウンターに並んでいたら青い髪のおばさんに「これたぶんインドネシア行きの列じゃないですかね」と話しかけられる。確認したところ本当にそうで、私が本来並ぶべき香港行きは隣の列だった。おばさん、どうして私が香港に行くとわかったのか…!感謝。

荷物を預けてからドルに両替。連日ニュース速報が飛び、いらすとやでイラストが追加されるレベルの超円安の中、なぜ私はわざわざ海外旅行に出かけようとしているのかと一瞬我に帰ったが、脳内に小島よしおを召喚して冷静な自分を追い出した。けどそんなの関係ねえ!!!

すごい勢いの円安



保安検査場を出てからは、Japanと書かれたリュックを背負った明らかに運動できそうな集団と何度か遭遇した。皆アシックスのバッグを持っていたので「アシックス スポンサー」で調べてみたところ、たぶん陸上…?溢れ出る運動能力高そうオーラが凄かった。

まずは香港へ5時間弱くらいのフライト。機内食でハーゲンダッツが出てきてテンションが上がった。

香港に到着し、乗り継ぎ手続きをしてるうちに気がつくと結構いい時間に。時差もあって気付いていなかったんだけど、どうやら香港までの便が結構遅延していたらしい。大急ぎで搭乗ゲートを確認し、巨大なターミナルを小走りで駆けたが、香港-プノンペンの飛行機も遅れていたので、特に急ぐ必要はなかった(遅延のメールが来てたみたいだが、空港Wi-Fiに繋いでいなかったので気付かず)

香港16時発で2時間半のフライト。機内食でまたハーゲンダッツが出た!

プノンペンに着いたのは現地時刻17時半。ビザを購入し、空港から出ると、ムワッとした強烈な熱気と喧騒に包まれた。これが東南アジア。これがカンボジア。すごい。

謎のモニュメント。ヒンドゥー教の神様?



迎えに来てくれていた友人と合流してトゥクトゥクに乗り込むと、更にテンションは爆上がり。交通量の多さ、荒めの運転、鳴り響くクラクション、ちょっと埃っぽい空気。五感の全てで"異国に来た"ということを感じ、ワクワクが止まらなかった。


トゥクトゥクに40分くらい揺られながら「ごめん、今さらだけど、何の仕事してるんだっけ?」とお互いの近況を確認した後、友人宅の近くで降りて屋台で夕飯を食べた。店員さんには英語が通じず、メニューもクメール語(アルファベットではなくクメール文字なので、文字から推測することもできない)だったので、一番左上にあった麺っぽいものをとりあえず注文。

屋台で食べる時は、箸は必ず除菌ティッシュで拭いてから

ナンプラー系のスープに細めで喉越しのよい麺、練り物っぽい具で、とても美味しかった。カンボジア料理、たぶん日本人の味覚に凄く合う!
友人はサンドウィッチのようなものを食べていた。カンボジアは1世紀くらいフランスの植民地だった時代があるので、パンが凄く美味しいらしい。

カンボジア初ごはん!美味しかった!

ご飯を食べ終えて家へ向かう。タワマンっぽい建物あるなーと眺めながら歩いていたら、そこが友人宅だった。家賃は5万円くらいらしい。
部屋の一つをお借りして、4日間のプノンペン滞在がスタートした。

2日目 プノンペン市街を観光

6時過ぎに仕事へ向かう友人を見送ってから二度寝。移動疲れか、気温差か、結局10時くらいまで寝てしまい、11時頃に出発した。

まずは市内のトゥールスレン虐殺博物館へ。
1975年から3年8ヶ月のポル・ポト政権下では、ポル・ポトが主導する社会主義革命の反革命分子とみなされた人々が大量に粛清された。中でも約2万人が拷問されたS21(security center21)は、ポルポト派が去った直後にベトナム軍によって発見され(遺体の放つ異臭によって周りの住民が気付いたらしい)、その後はトゥールスレン虐殺博物館として公開、ユネスコの記録遺産にも登録されている。

トゥールスレン虐殺博物館


元々高校だったという4つの校舎は、尋問室や独房として利用されていたそうだ。それぞれの尋問室には、ベトナム軍がS21を見つけた時に撮られた遺体の写真が展示されており、拷問に使用された鉄のベッドや足枷もそのまま残されていた。

音声ガイド(日本語もあった)が凄く丁寧で、「これを聴きながら◯◯まで歩いてください」的な感じで動きも指示してくれるので、リアルなガイドみたいでとても良かった。各部屋がどのように利用されていたのか、拷問の実態を、僅か数名の生還者の証言や資料とともに詳細に知ることができた。人は人に対してここまで残虐になれるのかということが、それらが起きたのがわずか50年前だということも合わせて、凄くショッキングだった。

校舎に囲まれた中庭には慰霊碑


その後、歩いてトゥール・トンポン・マーケット(ロシアンマーケットとも呼ばれている)のエリアに移動。Googleマップで徒歩15分だったので歩くことにしたが、失敗だった。

トゥール・スレンが屋外だったので既に暑さで消耗していた上、プノンペンは徒歩に優しくない。というかそもそも徒歩の現地民が全然いない。
交通量が多いのに歩道はほぼなく、信号も少ないので道を渡る度に命懸け。たまに同じように道路を渡ろうと四苦八苦している人を見かけるが、だいたい外国人観光客だったので、本当に現地の人たちは歩かないみたいだった。

「暑いから歩かないのか」と、夜ご飯の時に仕事終わりの友人に聞くと、暑いのに加えて、バイクの免許が要らないことが大きいのではないかと教えてくれた。カンボジアは125cc以下のバイクであれば、15歳の年齢制限のみで、免許は不要らしい。確かに街中はバイクがめちゃくちゃ多いし、バイク屋(修理店?)もそこらじゅうにあった。

なんとか目的のエリアに着いたが、軽い熱中症の兆候を感じたので目についたカフェに入ってクロワッサンとレモネードを飲んだ。地球の歩き方には「当店の水はミネラルウォーターを使用」と明記されていない限りは高級店であっても出される水は飲まない方がいい、と書いてあったが、後の腹痛よりも今の喉の渇きと暑さの方が100倍しんどいと判断し、注文したジュースを待つ間は水をがぶ飲み。冷たい水って本当に美味しい。これ以降も滞在中はあんまり気にせず水を飲んだが、特にお腹を壊すことはなかった。

私の命を救った水

なんとか復活した後は、予約していたマッサージ店へ。友人に教えてもらったスパで、後で確認したところ地球の歩き方にも載っていた。アロママッサージ1時間で25$(約4000円)が、キャンペーンなのか、予約して行くと40%OFFの15$(約2400円)に!お得!

まずはレモングラスの香りがついたおしぼりとお茶を出してもらった。ライムのスクラブで足を綺麗にしてもらってからスリッパに履き替え、店内の奥へ案内される。店全体がお洒落な感じで薄暗く、いい匂いがした。トイレ付きの個室に通されて1時間のオイルマッサージ。めちゃくちゃ気持ちよかった。
終わったあと受付に戻ると、レモネードとお茶を混ぜたような味の美味しい飲み物とマンゴーを出してもらった。至れり尽せりすぎる…

Devatara Spa シェムリアップにも店舗がある

その後は改めてマーケットを巡る。プノンペンのマーケットの中でも比較的観光客向けの要素が強いので、土産物や骨董品(本物かはわからないけど)のお店が多かった。

ロシアンマーケット


いくつかお土産を買った後は、サンセットクルーズに乗るため、川沿いへ。grabで呼ぶときにチケット売り場の住所を入力したはずが、私が間違えていたっぽくて降ろされた場所は目的地の2kmくらい手前だった。

ちなみにgrabは、アプリ上で行き先と現在地を入力してからドライバーを呼び、そのまま連れて行ってくれる東南アジア御用達アプリ。金額は呼び出した時点で確定し、支払いもクレカなので毎回ドライバーに行き先を伝えたり金額交渉したりする必要がない。市街地にトゥクトゥクはめちゃくちゃいるので、誇張抜きに呼んでから15秒くらいで迎えに来てくれて本当に便利だった。

降りた場所は想定と違ったが、ちょうど王宮の近くだったので目的地まで歩くことにした。王宮の前には芝生の広場があり、この時は暑かったのであまり人はいなかったが、別日の夜にもう一度通りかかったときには沢山の人が芝生でダラダラしていた。

王宮前の広場



王宮の反対側にはトンレサップ川沿いに広いスペースが続き、沢山の出店と、土手には大量の鳩がいた。鳩嫌いの友人が見たら失神するだろうな、と思うくらいの数だった。

見渡す限りの鳩🐦


途中で休憩を挟みつつ、川沿いを歩いて船乗り場へ。ちょうど近くにいたおじさんが「あの船は自分のなんだけど乗らないか」と話しかけて来たので、そのおじさんからチケットを買った。1時間のクルーズ+飲み物(水orビール)で5$(約800円)で、事前に確認していた相場と同じだった。

手前の船がおじさんの船とのこと


出発時刻と聞かされていた時刻から20分遅れで船は出発。トンレサップ川とメコン川が交わるあたりまで進み、戻ってきた。河岸と中洲を結ぶカーフェリーが物凄い頻度で行き来しており、桜島フェリーみたいに船が特別なものではなく日常的な、普通の交通手段として機能してるんだろうな、と思った。

カーフェリー


クルーズを終えた後は、仕事終わりの友人と家の近くのグランドマーケット(ちょっとしたショッピングモールみたいなところだった)で合流して夕ご飯。ルックラックと呼ばれるサイコロステーキ丼のようなものを食べた。甘辛くてめちゃくちゃ美味しい!

ルックラック。山椒が効いた味付け



夕飯を食べながら、日本のNGOが支援するカンボジアの小学校で働く友人と、色んな話をした。
カンボジアは、国連が定める発展途上国の中でも特に開発が遅れる「後発開発途上国」に分類されている。カンボジアを支援する先進国は多く、学校や空港・病院・遺跡の修復に至るまで、様々な国が関わっている。当然、他国からの支援には、単純な「カンボジアを支援したい」という目的に限らず、それぞれの国の思惑もある。

支援する側の意図や成し遂げたいこと、支援する主体が支援金を集めるために"見せなければならない"成果、それらに振り回される現場の子どもたち、板挟みになる現場の職員。開発援助の現場のリアルな悩みを聞くことができて、すごく勉強になった。

3日目 プノンペン郊外へ

昨日と同じく、6時過ぎに友人を見送ったあと二度寝。11時くらいに出発し、家の周りを散策しようとしたものの、案の定20分くらいで暑さと空腹でダウン。目についたカフェでキウイジュースとパッタイを食べた。

トゥクトゥクに40分くらい乗り、市街地から少し離れたところにあるキリングフィールドへ。

道中で見かけたイオンモールが巨大すぎて街みたいだった。

イオンモール3


キリングフィールドというのはポルポト時代に使用されていた処刑場の総称で、カンボジア国内に数百ヵ所あると言われている。その中で最も有名なのがチュンエク・ジェノサイド・センターで、前日に見学したトゥール•スレンで拷問されていた人を中心に約2万人が処刑・埋葬された。
トゥール・スレンと同じく日本語の音声ガイドがあり、2時間半くらいかけて全体を見学した。(全部屋外なのでマジで暑かった。一周回ってもはや暑くないくらいだった(?))

チュンエク・ジェノサイド・センター


敷地内にはいくつもの穴があいており、そこに処刑された人の大量の遺体が埋められていたらしい。元々世界史かなんかで知っていたキリングツリー(乳幼児を投げつけて殺害していた)の実物もショッキングだったし、ちょっと囲われているところがあって何かと思ったら人骨だったり、本当に、そこらじゅうに"死"が溢れていた。

遺体が埋められていた穴
人骨が落ちてる
乳児を叩きつけて殺害したというキリングツリー


音声ガイドのゴールは敷地内中央に建つ慰霊塔。約9000柱の遺骨が死亡時の年齢別に納められていた。慰霊塔内に入っての見学も、撮影も許されている。負の歴史としてきちんと遺していかないといけないというカンボジア政府の決意のようなものを勝手に感じた。

中に入ると、おびただしい数の頭蓋骨


肉体的にも精神的にも疲れたので、涼しいところで休みつつお土産を物色するため、市内のイオンモールへ。(行きの道中で見た巨大イオンモールとは別。こっちはららぽーと横浜の半分くらい)
異国のスーパーを眺めるのって、本当に楽しい。お土産専門店もいくつかあったので、色々買った。

イオンへの道中で通りかかった内務省(たしか)。かっけえ!


カフェでダラダラしていると仕事が終わった友人が来てくれたので、王宮脇のナイトマーケットに行ってみることに。翌日が祝日(メーデー)ということもあってか、すごく賑わっていた。

屋台で主食と、素材を選んで焼いてくれるメニューを注文。ゴザに座って音楽を聴きながら食べる。ご飯も美味しいし暑いけど風が吹いていて気持ちがいいし、周りも楽し気な雰囲気だし、最高の気分だった。

海鮮焼きそば
食材を選ぶ ブロッコリーの素揚げと春巻きが美味しかった
ずっと気になってたサトウキビジュース!ノリノリのおじさんが絞ってくれる
すごい勢いで出てくるサトウキビ汁。ライムを加えてくれるのでサッパリとした味わい。めちゃくちゃ美味しい

帰宅してアンコールビールを飲んでいると、「おめでとう」のLINEが。そう、ちょうど翌日が誕生日だった。時差のおかげで25歳を2時間長く楽しみ、日付が変わると友人がハッピーバースデーを歌ってくれて良い夜を過ごすことができた。
四半世紀も生きてしまった、これからも楽しく生きるぞ。

あんスタにログインしたら守沢千秋が誕生日を祝ってくれた。おそらくゲーム運営が想定する以上に「どんな場所にいても」が響いた

4日目 シェムリアップへ

この日は祝日だったので、仕事が休みの友人と一緒に行動。

朝ごはんに、家の近くの屋台でフルーツを買った。カンボジアではマンゴーがおやつというよりは野菜に近い感覚で食べられており、塩などの調味料をつけて食べる。

「どれにしようかな、私辛いのダメなんだよなー」とか言いながら選んでいたら、屋台のおじさんが「これ辛くないですよ」と日本語で話しかけて来てびっくり!数年前までシェムリアップでガイドの仕事をしていたらしい。マンゴーもサービスしてくれた!

果物屋
つけるソースは沢山の種類がある
塩っぽいものを選び、トゥクトゥクに乗りながらつまむ。美味しかった!

15分くらいトゥクトゥクに乗り、オルセーマーケットへ。3階建ての巨大なマーケットで、今自分がどこにいるのか、何階なのか、どっちが出口なのか全くわからなくなった。

オルセーマーケット
モノ!モノ!モノ!!

色々巡った後は、ご飯を売っている店が密集したゾーンでお昼ご飯を食べた。白いご飯と、好きなおかずを一つ選んで食べる。たぶんどれも有名なカンボジア料理というよりは◯◯と◯◯の炒め物、って感じの名もなき家庭料理だったが、すごく美味しかった!私が選んだのは鶏としょうがの醤油炒めっぽいもの。

良い笑顔のおばちゃんだった

プノンペンの至るところで見た道路脇で売られている貝のようなものが、日光の熱さで調理されているものだとふと気づいた。暑いってすごい。

貝の日光焼き(?)

市場付近をぶらぶらした後は、友人と別れてミニバンでシェムリアップへ。3回の休憩を挟みながら、約6時間で到着した。

途中、横切る牛を待つシーンも

シェムリアップに着き、grabでトゥクトゥクを呼んでホテルへ。市街地の中心部からは10分くらいだった。
ホテルについてウェルカムドリンクとして出してもらったレモンジュースとココナッツ系のケーキがめちゃくちゃ美味しかった。カンボジアに来てから、食べるもの全部美味しすぎる…

ホテルにはプールが2個あって、小さい方のプールが部屋の目の前だった

さっとシャワーを浴びて着替え、ホテルにトゥクトゥクを呼んでもらってもう一度街へ。(街へ出るときの行きのトゥクトゥクは無料で呼んでもらえる)
お土産&飲み屋通りとして有名なパブストリートあたりを散策。ネオンがギラギラだった。

視界が鮮やか!

しばらく歩き回ってお土産やクロマー(カンボジアの伝統的なスカーフ)を買ったあとは、地球の歩き方で見て良さそうだったカンボジア料理のレストランへ。ずっと食べてみたかったアモック(食材とココナッツミルクを混ぜ、卵でとじたもの)とトロコーン(空芯菜のニンニク炒め)を食べた。
それぞれが普通に一人前+白いご飯も付いてくるので胃袋がはち切れそうになったが、めちゃくちゃ美味しかった。

右からアモックとトロコーン

カンボジア料理は、ナンプラーが中心の東南アジアっぽい味付けでありながら、タイ料理ほど香辛料を使わず、ベトナム料理ほど香草を使わない。
農業が盛んで主食は米、海も近く淡水湖もあるので魚介類も豊富、熱帯なので果物が沢山取れるのはいうまでもなく、とにかく食材が豊か!
タイ料理もベトナム料理も好きだけど、辛いものもパクチーも苦手なので食べられるメニューがほぼないという私にとっては、メニューの何を頼んでも間違いなく美味しい最高の1週間だった。カンボジア料理、大好き!!

ホテルに帰り、他に人がいないことを確認して夜のプールへ。水に足をつけた瞬間、水じゃなくて「お湯」だったので爆笑してしまった。たしかに日中40°越えで、灼熱の日差しを受け続けていたらそりゃお湯になるか…。ちょっとだけ泳ぎ回ったものの、期待していた爽快感はなかったので早々に撤収した。水温が低いときという意味では、夜明け前を狙うべきだったか。

温度的にはプールというより大浴場?

5日目 アンコールワット観光

4時半起き。5時にホテルまでガイドさんが迎えに来てくれた。この日一日ガイドを頼んだのは、前述の通りTwitterで口コミを見つけたカオーンさん。このページを見て予約した。

https://sites.google.com/view/kaon/

日本に来たことはないそうだが、日本語がめちゃくちゃ上手だし、明るくて話していて楽しいし、説明がとてもわかりやすいし、「帰る日の市内から空港までの交通手段をどうしようか悩んでいる」と相談したらチケットが買える郵便局まで連れて行って通訳もしてくれたりなど、丸一日、本当に本当にお世話になった。自信を持っておすすめできます。アンコールワットに行く時はぜひ。

5時にホテルを出て20分くらい車に乗り、チケットセンターへ。1日券、3日券、1週間券があり、購入時には顔写真を撮影してそれがパスに印刷される。色んなところで見せるし、落としたら再発行できないので首にかける透明なケースがあると便利(と書いてあったので持って行ったが大活躍だった)。
今回利用した1日券は37$(約5900円)だった。

チケットセンター。日本人沢山いた

白み始めた空の下、遠くに見えるシルエットにテンションが上がる。あれがアンコールワットか!!!

朝6時。既にだいぶ暑い
石畳は上智大学が修復に関わっているらしい

尖塔が逆さに写るスポットは観光客に大人気。
ツバメが沢山飛んでいて幻想的だった。

逆さアンコールワット
ちょうどてっぺん

朝日を見た後は、中を散策。ガイドさんに沢山解説してもらいながら、一つ一つ巡っていく。

岩壁はほとんど全て彫刻が施されている。作業工数を考えると気が遠くなる
もちろん天井も美しい彫刻が

アンコールワットは12世紀にスールヤヴァルマン2世が建てた仏教寺院。なんと、建立当時は漆で塗られ真っ赤だったらしい。その時代を見てみたかった…

三重の回廊になっており、中央の第三回廊まで登ることができる。今回アンコール遺跡群を色々みて回って驚いたのが「そこまで観光客が登っていいんだ!」ということ。他の遺跡も含め、観光客が立ち入って良い場所が多く、見るだけじゃなくて当時の視線を体感しながら遺跡を見学することができたのが、凄く楽しかった。

第三回廊へ上がるには、当時使われていた階段は急すぎるため、観光客用に作られた階段を上がっていく。元の階段より緩やかに作られているとはいえ、それでも超急角度!ヒヤヒヤしながら登った先で見た景色は格別だった。

第3回廊へ上がる
これが、王が見ていた景色…

メインを見学した後は、壁画の説明を受けたりしながら(ラーマーヤナがどんな物語なのか初めて知った)アンコールワットを後にし、朝食を食べに近くのレストランへ。フランス人のカップルに話しかけられた。シェムリアップは特にヨーロッパからの観光客が多かった気がする。色んな国の人と話した。

車に乗り、次の目的地、タ・プロームへ。
創建はアンコールワットと同じ12世紀、ジャヤヴァルマン7世が母のために作ったとか。仏教寺院だったが、その後ヒンドゥー教の寺院に改造されたため、彫刻の仏像が削り取られていた。

宗教の対立を感じる柱。仏の彫刻だけ消されている

タ・プロームは自然の力を明らかにするため、樹木の撤去や遺跡の修復を行わず、自然のままにされてきた。数百年かけて木々は遺跡を呑み込もうとしている。朽ちた文明と、そこにどんな歴史があったかなんて関係なしに、静かに伸びていく力強い樹の根。雰囲気に圧倒された。

飲み込まれて行く
ガジュマルの根っこすごい

次はアンコール・トムへ。周囲12kmの城壁に囲まれた都城で、単体の遺跡というよりは古代都市って感じ。

入ってすぐのところにあった、ライ王のテラスと象のテラス。王族が閲兵を行った場所らしく、王宮の目の前にある。

象🐘🦣🐘

次に見たのがピミアナカス。11世紀初頭に建てられたヒンドゥー教寺院で、当時は王しか入ることが許されなかったらしい。

ピラミッド状

「ちょっとここ、登りに行ってもいいですか?」と思わず頼むくらい気に入ったのが、バプーオン。長さ200mの「空中参道」の先にある、巨大なピラミッド。デカくてカッコよかった。

バプーオン
そろそろ慣れてきた急階段

バイヨンはアンコール・トムのちょうど中心にあり、観世音菩薩のモチーフが有名な寺院。顔のついた柱が54塔もある。

バイヨン寺院

基本的な形はアンコールワットと同じく、正方形が複数重なったような回廊構造で、一番外側の第一回廊にある壁画が(宗教的な意味合いの強いアンコールワットの壁画とは対照的に)庶民の生活を描いているのが特徴だそう。暑さと日差しでふらふらになりながらも、ガイドのカオーンさんの壁画語りが面白くて聞き入った

一つ一つがめちゃくちゃ面白い

アンコール・トムを後にし、スーパーや郵便局に寄ってから一旦ホテルに帰って昼寝。朝4時から35℃〜40℃の屋外でずっと動いているのでクタクタ。2時間くらい寝て、また迎えにきてくれたカオーンさんとドライバーさんと、次はプノンバケンに行った。

プノンバケンは小高い丘の上にある寺院で、20分くらい山道を登って行く。

暑くてすぐに汗だくに

頂上まで行くと、夕陽をまつたくさんの観光客が。トップシーズンには入場規制もかかるらしい。結局この日は雲があって早めに太陽が隠れてしまったが、緯度のせいか、気温のせいか、真っ赤な太陽を見ることができて思い出になった。

夕陽待ち
太陽が赤い

歩き回って疲れたのでマッサージを受けたいと思い、カオーンさんおすすめのところを紹介してもらい、ちょっと安くしてもらった。たしか15$(約2400円)だったはず。
プノンペンのスパで受けたアロママッサージとは異なり、 どちらかというと、友人から激痛だと聞いていたクメールマッサージに近い気がした。「そんなところ、そんな向きに伸ばして、身体おかしくなりませんか??」という人生初めての体勢が続き、笑いそうになった。生まれて初めて存在を認識し、伸ばした筋肉がいくつもあった。筋肉も喜んでいることだろう。

マッサージの後はシェムリアップ中心部のオールドマーケットまで送ってもらい、カオーンさんとドライバーさんと別れた。「明日もなんか困ったことがあったらメールしていいよ」と言ってくれてめちゃくちゃ有難かった。大感謝。

新しいところを開拓する元気もなかったので、昨晩アモックを食べたレストランでお粥を食べ、ホテルに戻って寝た。よく動いた1日だった。

6日目 クレン山

ホテルをチェックアウトした後、荷物だけ置かせてもらい、8時半のツアーの迎えを待つ。
迎えの車が遅れており、道で突っ立って待っていたら「代わりに案内しようか」とおじさんに話しかけられた。断ったが、私が日本人とわかると「トヨタっていいよね」みたいに話しかけてきてくれたので、ちょっとお喋りして時間を潰した。

15分くらい遅れてやってきたツアー会社のバンに乗り込む。その後、ロンドン住みのインド人おじいさんとオーストリア人夫婦のホテルを巡ってピックアップしてバンは郊外へ。

オーストリアの2人は、ガイドの男性(私の4つ上だった)が自己紹介が聞き取れなくて「Australia?」と聞き返した時にものすごい速さで「No, Austria」と返していて、「いばらぎ」と言われた時に「いばらきです」と返す茨城県民みたいだ、と思った(そんな場面に遭遇したことはないけど)

車窓はずっとこんな感じ

1時間くらい車に乗り、まずは小さな村でココナッツのカップケーキを作っている様子を見学。超効率的な流れ作業で、すごい勢いで蒸し上がって行った。

皮を剥く
果汁を絞って生地と混ぜる
蒸し焼きに!めちゃくちゃ美味しかった

どんな話の流れだったか忘れたけど、カップケーキ食べてる時に「味の素って何?」って聞かれて、説明難しすぎて「塩みたいなものです」としか言えなかったのを思い出した。英語を使う脳みそが錆びついていてseasoningすら咄嗟に出ない…)

カップケーキで腹ごしらえした後はまたしばらく車に乗り、クレン山へ。
アンコールワットを作るための岩石を切り出した岩山らしい。切り出した岩は船に乗せて川で近くまで運んだ後は象を使っていたそう。象で運ぶってすごいよなあ。産業革命以前の建築って、世界的に見た時に、その気候帯に生息している運搬に使える動物の大きさ(力の強さ)と建築様式に関連があったりするのだろうか。

クレン山 絶景だった

ガイドさんが「ここは昔海底だったから、貝みたいな化石が見つかる」と説明してくれた時、オーストリア人の男性が「自分たちはアルプスに住んでいるけど、アルプスも同じで昔は海底だったんだ」と話していて、そっか、この人たちはアルプスに住んでんのかーとなんか感動した。私はモンゴルよりも西に行ったことがないから、ヨーロッパはまだ地理資料集と世界史資料集でしか知らない地域という感じがする。

次はまた少し車に乗り、ヒンドゥー教のモチーフ、リンガが無数に彫られた水中遺跡へ。彫刻の上を水が流れることで、川は聖なるものとなっていく。

寝転ぶ神
聖なる川で犬が水浴びしてた

その後はプリア・アン・トム寺院へ。この頃になるとだいぶヒンドゥー教の神のことがわかってきて、説明を聞くまでもなく「これはナーガだ」「これは乳海攪拌(ヒンドゥー教の天地創造神話)モチーフのデザインだなあ」と気がついて楽しかった。

鮮やかな建物の中で寝転ぶ涅槃仏
緑の階段が鮮やか
瞑想する僧侶にちょっかいかける少年たちに笑った

ヒンドゥー教徒にとって、この地はすごく大事な場所らしい。リンガに水をかけ、その聖水で口を濯ぐ儀式(手水みたいな)のとき、オーストリア人がインド人のおじいさん(ヒンドゥー教徒)に「自分はヒンドゥー教徒じゃないけど、僕がかける水で大丈夫?」と聞いていたのが素敵な気遣いだった。

一通り見学したあとは、川の近くへ移動。地元の子供達っぽい集団や外国人観光客がたくさん泳いでいた。

気温は高いけど水は冷たい
日本でいう七五三みたいなものか。観光客が気になって仕方ない男の子、お母さんじゃなくてこっちにカメラ目線

滝の近くの大きな岩の上で、ランチ。バナナの皮に包んで渡されたチキンが美味しかった。
ランチ中の会話で、質疑応答とか簡単なやり取りはギリこなせても、フリーの雑談は全然入っていけない、というリアルな自分の英語力のなさをひしひしと感じてちょっと落ち込んだ。普段からやらなきゃだなあ。

木陰でランチ
乾季なので水位はかなり低い

しばらく水辺で遊んだあとは、車に乗ってまた1-2時間かけてシェムリアップへ戻った。

ホテルまで送ってもらい、着替えてから時間を潰すために市街地のカフェへ。どこも結構混んでいて、3軒目のスタバに腰を落ち着けた。

しばらく本を読んで時間を潰し、シェムリアップ空港までのバスを予約していた郵便局へ。
シェムリアップ空港は2年前までは市街地から10分くらいのところにあったが、さらなる乗り入れ便数の拡大、飛行機の離着陸の振動が遺跡群に与える影響などを考慮して移転が決まり、今年から新しい空港の利用が始まっていた。新空港は車で1時間以上かかるところにあり、ホテルでタクシーを呼ぶと35$(約5600円)。交通費はできるだけ節約したかったので、前日にガイドのカオーンさんに相談して9$(約1430円)で乗れる郵便局運営のバスを使うことにした。

郵便局。結局案内されたのはバスではなく普通の車だった

ちなみに空港は中国企業が出資しているが、近年中国は急速にカンボジアの開発から手を引いており、新空港も建物はできたものの、レストランやラウンジなどが何もなく、空港付近に建設予定だった中国人向けリゾート施設や工業団地の開発も急に無くなったりしているらしい。

自国だけではなかなか大掛かりな設備投資ができないのは仕方ないが、支援する側の思惑に振り回されてしまうのは、なんとも悔しいことだ。

同じようなことはカンボジア有数の観光地、シアヌークビルでも起きているらしい。

カンボジア観光地に幽霊ビル500棟 中国一帯一路の傷痕:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM243D00U4A320C2000000/

そんなことを考えながら車に1時間揺られ、シェムリアップ空港に到着。ガラッガラだった。

中国資本で作られた高速道路
全然人がいなくて不安になった

夕飯を食べたりして残っていたカンボジア紙幣を使い切り、20時くらいのフライトでベトナムのハノイへ。

7日目 帰国

現地時間23時くらいに到着し、次のフライトまで1時間くらい空港内をぶらついて時間を潰した。

夜ご飯を食べていなかったので、本場のフォーを食べるか!と思ったものの、「いや、けどベトナム航空の、ベトナム発の飛行機だったら、絶対機内食でベトナム料理っぽいものがあるのでは…?」と期待して我慢することに。
だが、結局機内食は朝ごはんだけだったので、機内でお腹が空いて大変だった。何ご飯が提供されるか事前に調べておくべきだった。

帰りの飛行機は爆睡。定刻通り朝7時くらいに成田に到着し、無事荷物と再会。1週間熱帯にいたので、5月の日本の気温が寒くて驚いた。

9時半くらいに自宅に到着して爆睡。

思いつきにしては充実した良い旅行だった。
カンボジア、とても楽しかった!!
カンボジア料理が食べられるところを日本でも探したい。


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