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140文字で作った怪談を膨らます【深夜の注射】

深夜2時になると決まって起こされる。消灯は夜の10時だからすっかり寝付いた頃に起こされるのは溜まったものじゃない。4床室の部屋のみんなも寝入っているから電気はつけない。部屋の青白い常夜灯だけで薄暗く照らされる看護師さんの姿は、最初のうちは不気味だったけど慣れてきた。昼の検診では見たことのない看護師さんだけど、夜だけ働く看護師さんもいるみたい。僕も半分くらい寝ぼけてるからあんまり顔を覚えてないし、暗い部屋で見る顔と明るい部屋で見る顔は違うから僕が気づいてないだけかもしれないよね。

真夜中に起こされるのは嫌だけど早く退院して学校に戻ってみんなと遊びたいから昼の看護師さんから受けるより痛い注射も我慢できる。でも同じ部屋にいて僕と同じ病気のT君には夜の注射がないのは何でだろうって思う。T君は僕より半年も前からこの病院にいて、以前はもっと症状が重かったんだけど今は僕と同じくらい良くなってる。T君は前に僕のベッドにいた子のことも教えてくれた。僕たちより3つくらい小さい、小学校も入りたての子だったんだって。入院した時から元気でこんな子には入院は必要じゃないんじゃないか?ってT君は思ってたらしいんだけど、ある日の夜に急に呼吸が激しくなって他の病棟に移されてからは見てないんだって。

僕?僕は大丈夫。呼吸だって前よりずっと楽になったし肺の調子もいいんだって先生が言ってる。多分夜の注射を我慢してるからだよね。T君にも早く良くなって欲しいからいつも診てくれるお医者さんに聞いてみた。

「ねえ、なんで僕にだけ夜に注射するの?」

そう聞いた時のお医者さんの顔を見てドキッとした。引きつったような顔で不自然に笑みを浮かべている顔には見たことのない緊張があった。お医者さんは逆に僕に聞いてきた。

「その夜の注射のお話、よく聞かせてくれないかな」

僕はお医者さんが知らないなんて不思議だなあって思いながら話をした。深夜の2時に看護師さんが1人で僕にだけ注射を打ちに来ること。僕が入院してから毎日行われていること。その注射のおかげで元気になってきてること…

その日のうちに電話でお母さんとお父さんが呼ばれて、お医者さんと別の部屋で長い話をしてた。夕方には僕が隣駅の大きな病院に移ることになった、とお母さんから聞かされた。嫌だったけどおもちゃを買ってあげるからと言われ、わけもわからないままに着替えて身の回りの整理をしていると、T君がベッドから起き上がり、僕の方を向いてニッコリ笑ってこう言った。



もうすこしだったのに



新しい病院に移ってから夜の注射は一度も打たれてない。

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