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上のごとく、下もまた然り

廃墟動画を撮ろう

そう言い出したのはAだった。大学で知り合った友人Aと2人で立ち上げたYouTubeのチャンネルは動画をいくら上げても再生数3ケタの低空飛行、生配信にだって同接10人やそこらがいいとこといった弱小泡沫チャンネルに成り果てていた。言い出しっぺのAもノせられて成り行きで始めた自分も、賽の河原のような動画配信業界の厳しさにうんざりしているところだった。

「廃墟動画なんて何番煎じだよ…検索したらいくらでも出てくるじゃねえかよ」

「いやいやお前らよ、**区の○○って病院が去年閉鎖されたんだけどさ、放棄されたてほやほやでまだ誰も動画もレビューも出してないんだよ。去年つっても築60年でガタは来てるだろうから見栄えは良いって。俺らで新雪を踏み固めてやろうぜ」

Aはこう言うが果たしてそれで再生数は伸びるだろうか。疑念は持ちつつも「新しめの廃墟」に興味がないでもなく、動画を撮りに廃墟に行くことを了承した。

○○病院は国道沿いにあって一見廃墟には見えないほど綺麗な外観をしていた。駐車場にはチェーンが掛かっていたため、近くのコンビニに車を止め、病院内に立ち入ることにした。

入口は流石に目立つために裏の通用口から入ることにした。古びているとはいえ、去年まで使われてた施設に入るのには流石に不法侵入感が強く、気が引ける。その辺の倫理観が麻痺しているAは軽々とその辺の石で窓を割り、内鍵を回して中に入った。

中は表から見るよりも広くはなく、細長い建物の中央に端から端まで廊下が走っており、左右に部屋が並んでいてホテルのようだった。当然、ひと気は無いがあまり廃墟らしさも感じず閉館後の病院に押し入ってるような後ろめたさが残る。

「おし、カメラ回すぞ」

Aが手持ちカメラのスイッチを入れる。

「どーもーー!××××でーす!今日はなんと…廃病院からお送りしております!ここでは違法な機械を使用した人体実験が行われてたという噂があります…!今日は隅々まで調べ尽くしてその実験の痕跡を探っていきたいと思います!」

小声でもAの声が院内に響く。人体実験などと言う話は段取りにはなかったのでAの出まかせだろうが他と差別化するにはそのくらい盛らないとという考えなのだろう。

ひとつひとつ部屋を覗いて見るが廃墟と呼ぶには違和感を覚えるほど綺麗に片づけられており、恐ろしさを煽るようなものは正直言って全く無い。

「それらしきものは見当たりませんが…なにか怨念のような雰囲気はしっかりと感じています…実験の犠牲となった霊が闇から呼びかけているようです」

Aは懲りずに「人体実験」設定を擦っている。配信の様子はこちらからは分からないが、盛り上がりに欠けていることは間違いない。一通り全て見回ったところで一度入口付近に戻ったところでAが配信に語りかけた

「えー皆さん、実はまだ見ていない部屋があります。それがこの建物に隠された地下室です!これからその地下に潜って探索しようと思います!」


そう話すとAはずんずんと歩き始めた。地下室などあっただろうか?階段はあったが1階で終わったいたよなと思っていると、院長室と書かれた部屋に入ったAが急にカメラを下に向けた。

「この重く閉ざされたハッチを見てください。まさにここがこの病院の暗部なのです」

そんなはずはない…既にこの部屋には入っている。その時はまっさらな何もない部屋だった。部屋の真ん中にある重々しいハッチがあったのなら気が付くはずだ。病院のスベスベした床に鎮座する鉄製のハッチは禍々しい違和感を放っていた。

Aと力を合わせて重いハッチを上げると下にタラップが伸びていた。懐中電灯で照らすと数メートル先の床が見える。たしかに地下室があるようだ。Aに続いて下に降りると短い廊下と左右にいくつかの部屋が見えた。地上と違い、かなり荒れ果てている様子だった。天井は崩れ、床は塵だか埃だが崩れた天井材だかが散らばっている。いくつかある部屋にはどうやら扉が無いようだが中の様子がよく見えない。近付いて中を覗こうとして驚いた。

部屋が壁で埋まっている。正確にはコンクリートで埋められている。空間を埋めるかのようにコンクリートが詰め込まれている。

「この部屋で違法な放射線実験を繰り返していた院長はある日、機械の故障により地下室全体が危険な状態に置かれたためにやむを得ず応急措置としてこの部屋を埋め、封じ込めて自分達に危険が及ばないようにしたのです。」

Aが話し続ける。誰に?

「ですがここで死んだ者の魂も同時に封じ込まれてしまいました。行き場を失った魂は放射線に晒された細胞と同様に傷つけられ、劣化し、崩壊し、変容してしまいました。怨恨、忸怩たる思い、外への渇望、永遠に囚われる恐怖、不安。そういった感情が混濁しただけの何かに。パンドラの箱に残されたわずかな希望をもって石棺からの脱出を望みましたがそれが叶わないと知ると仲間を求めました。いや、仲間ではなく己を肥大化させる材料、そざいを。やがてちからを蓄えれば永遠とも思われるこのやみから抜け出せると信じてそして今もそこにいるのですわれわれのまわりをとりまくあなたがわたしをここによびよせましたわたしはもうひとりつれてくることをあなたにちかいいまそれをはたそうとしていますかれもわたしもいまこのばであなたとひとつになりあなたにちにくをけんじょうしいやしをあたえつらくみじめなげんせいをいつかともにみたそうとしています…」

Aは既に手持ちカメラを持っていなかった。狭い空間に満ちわたる虚なAの声は私の耳には入ってこなかった。

石棺でも抑えられない放射線に晒された私の細胞は傷付き、崩れ、やがて肉体から吸い出された魂はこの空間に充満している何かに吸収されるのだろう。そして意思とも欲求とも形容できない感情にのみ突き動かされて、新たなる犠牲者ををこの狭く暗い地下で求め続けるのだ。





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