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夏の短怪談⑦ 「見えるものは人それぞれ」

勤めている高校で夜、最後の1人になってしまった時は帰る時に後ろを振り返らない。

まだ赴任したての頃に先輩教師に教えられた「ここで長く勤める」アドバイスだ。

ある日、採点業務に集中しているといつの間にか同僚は皆帰って、自分1人になっていた。一応、例のアドバイスがよぎりはしたものの、まだはねっ返りの新人で大学を出たばかりだった私はそんなアドバイスは新入りを脅かすための出まかせだろうと思っていた。

退出する時間は20時、周囲の住宅街の明かりもまだ明るい。教員室を出て、足音がコツコツ響く廊下を歩く。


ふと"アドバイス"を思い出して振り返ってみた。


廊下の脇にさっきまで無かったものが立っていた。


それは白い布を頭から被った人のような形をしていた。学生のイタズラ…?にしては子供じみているというか地味で薄気味悪い。私はそれをじっとみているうちに気がついた。

直立不動を維持するというのは難しく、どうしてもバランスを取ってしまうために身体が僅かに揺れる。また呼吸に合わせて胸も動く。

だがそれはまるで家具に布を被せたかように微動だにしていなかった。

恐怖を感じたため、「見なかった」ことにして出口に向かって早足で歩き始めた。が、少し行ったところで気になってしまい、また振り返ってしまった。

いる。付いてきている。同じ距離をつかず離れず。

そこでもうそれが人では無いと確信した私は走り出し、大慌てで施錠して校門から飛び出した。校門の外から校舎を見ると、校舎の壁に寄りかかるかのようにそれが立っているのが見えた。顔はわからないが視線はしっかりとこちらに向けているように見え、寒気を感じたのを覚えている。 


その日は校舎の外でもうそれを見ることは無かった。翌朝、事情を話して他の教師と一緒に校舎に入った時も何もいなかった。(その教師は理由を聞かずに承諾してくれた)


それでも、以来私1人だけで最後に退出する事のないように心がけている。



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