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TENETを見た後で呪いの子を読んで思い付いた妄想

1

学術研究保管庫へ降りる鉄骨階段を降りるたびにわずかに胸が高鳴る。穴だらけの壁、使い道のわからない部品、時々世界を破壊してしまうような兵器…未来から無作為に送られてくる物品はそのほとんどが未解明のまま棚を埋めている。これらもいずれ未来で組み合わされて使う兵器の部品の一部なのかも。そう考えるとここにまとめて保管しておくことは危険なのでは?アルゴリズム同様に分散して隠すべきなのでは?しかし膨大な部品を各地に分散させたところで、完璧に隠匿できなければ組織へと繋がる情報を露出することとなる。

そう逡巡しながらバーバラは保管庫の棚の一つの取手に手を掛けた。ラベルの貼っていない空の引き出しを確かめるのは彼女のルーティンの一つとなっている。だが今日は重量を感じる。「贈り物」だ。「価値のある物であってほしい」と期待する心はかなり前に失われてしまったが、彼女の好奇心は残っている。たしかな重みとつかのまの射幸心をたっぷり楽しむためにゆっくりと取手を引いた。

「あっ」

気持ちが声に出てしまっていた。そこにあったのは部品やガラクタなどではなく鎖のついた砂時計のような小型の機械。装飾が彫られた黄金のリングと円盤に覆われて美しく光を反射している。そして今までの贈り物と一線を画すのは、今なお砂時計は回転を続け完全に機能していた事だった。

2

これが未来から来たって?信じられる訳がない。今まで来たそれらとは全然違う。違い過ぎる。

青年は訝しげに装飾の施された砂時計からバーバラに視線を移したが彼女から嘘を付いている様子は見出せなかった。そもそもバーバラは人を騙して悦に至るタイプではない。そんな人間に組織の重要な部門は任せられない。同じことを隣でいつものように深刻な顔で砂時計を覗き込んでいる相棒も思っているだろう、と次に彼の方を見た。

「機能しているなら使ってみようじゃないか」

ニールがそう言うと彼は砂時計から目を離さずに言った。

「安全性が保証できないから一般の兵隊に使わせることはできない。機能しているように見えるがどういった効果を見せるのか想像もつかない。携帯式の逆行装置かもしれない、我々を消滅させるための爆弾かもしれない、はたまた単独で機能する回転ドアのようなものか。そしてこれまでのガラクタは逆行して送られてきたというのに…これは順行している!」

彼がこんなにもまくし立てる様子にニールは驚いた。任務となれば弁が立つ男だが思考をそのまま外に放出するような浅はかな男ではない。つまり冷静なように見えるこの男も過去に例のない贈り物に興奮しているのだ。心身が彼に同調するのを感じた。

「指導者たる君が使うのは万が一が起こった時に対応できないしアイブスとウィーラーは洋上で急な要請には応じられない。なら僕が使ってみようが最適解だろう」

「いや…」

口に漏れた否定の言葉を飲み込んで彼はうなずいた。

彼が本気で止めにこないことをニールはわかっていた。いかに危険な任務であろうと“必ず生きて帰還する”ことが担保されているかのようだった。うらわかいニールの命運をどう言うわけか年配のこの男はすでに知っているように見えた。しかし彼からそのことについて話をされたことはない。単に我らの指導者は全てを知っていて、だからこそ彼はその地位にいるのだろう、そして彼は未来から来たるみちの脅威に立ち向かうために人生を注いで組織を結成し、何よりも組織を優先するのだ。そう理解する一方でニールは矛盾を感じ取っていた。自分へ注がれる愛情と苛烈な任務の不均衡である。彼がエージェントの中で特に自身に気をかけてくれることには感謝しても仕切れないのだが死亡率の高い任務に送られていることは数字が示していた。だがニールは献身的かつ野心の強い男だったため「任務のため、経験を積むため」と割り切れることができた。加えて自分たちの頂点に君臨する男の人柄を気に入っていたのだった。頭に引っかかっていたのは一点のみ。どこで自分のことを知ったのだろう…?そう思いながらニールは行動に移った。

「それにはまず使い方を調べないとな、そうだろう?」

ニールが時計に手を伸ばすと時計は震え出し、激しく回転を始めた。閃光が走り、稲妻のような轟音が部屋に響く。時計の動きは緩慢になり、やがて逆回転を始めて加速し…

消えた。

3

名無しの男はバーバラを伏せさせて続く攻撃に備えた。1分…2分…

鼓動さえ聞こえるような静寂の中。3分経っても何も起きない。一体何が?ニールは迂闊だった。出自の不明なアノーマリーに素手で触れるなんて!自分のことを不死身だとでも…いや実質不死身のような物だ。彼が五体満足で帰還することは逆説的に保証されているのだから。

カバー態勢を解き、周囲への警戒を続けていると再び轟音と閃光が部屋を満たした。ニールと時計が消えた時と同じ位置に戻っていた。

「大丈夫か!?」

「体に異常はない…転送されたようだ。」

ニールは話しながら状況を整理し始めた。

「ここではない、別の場所だった。屋外で、ヒンドゥー語が見えたからインドだったように思う。繁華街の中心で…人がたくさんいた、彼らも急に現れた僕を認識していたようだ。ふとこの時計を手に持っていることに気がついた。頭の中で状況を整理していると再び時計が回転を始め、気がつくとここに戻っていた。」

「体感でどのくらい滞在していた?」

「あっという間だったのでわからないが…考える余裕があったから4〜5分だったと思う。僕が離れてからどれくらい経ったんだ?」

「5分に満たないだろう。転送された先で君が過ごした時間と同じだと思われる。」

「その場所に見覚えは?」バーバラが口を挟む。

「それが初めて見る場所なんだ。インドには何度か行ったし滞在していたこともあるが…大きな街だったからデリーかムンバイか、しかしインドも広大だからな」

“ムンバイ“と聞いて男は何かを思い出したように言った。

「ニール、もう一度それに触れてみてくれ。今度はそうだな…親御さんの顔を思い浮かべながら」

「実家に帰れってことか?クリスマスにはまだ早いんだがな」

「試してみたいだけだ」

ニールが再び時計に触れると時計は回転し、ニールと共に消滅し、5分後、再出現した。

「今度はどうだった?」

ニールの様子は先ほどとは違いショックを受けた様子だった。

「この時計は転送装置じゃない。パディントンのハイド・パークは週末になると両親がよく連れて行ってくれた場所だ。天気がいい日はそこで朝食を取ることもあった。僕は…」

「幼い自分と両親の姿を見た」

「そうだ…父も母も今の姿より若い、そばには歩みを覚えたての子供がいた。20年ほど前だ。これは…すごいぞ!過去に遡った事象の観測が可能なんだ!5分と言う短い制限時間が設定されているようだが…船の回転扉のように逆行する必要がなくなる!おそらく干渉も可能だろう。頭の中で思った時と場所に自由にジャンプできるんだ」

「干渉した結果どうなるの?過去を改変した後に戻ってきたら世界が滅亡してましたなんて結果はあんまり楽しくないと思うけど」

「祖父殺しを僕に説くのか」

男が2人の間に割って入った。

「この装置の使用に関しては慎重な検討が必要だ。まだこれが我々にとって優位に働くかどうかの断定はできない。まずはこのタイムマシンについて理解し、不明な点を全て取り除くことが先決だ。それまではいかなる使用も禁止。我々以外のメンバーには例えアイブスであっても秘匿とする。調査は我々のみで行う。以上!」

男が言い終わると同時に部屋の隅に旋風が舞い、轟音と共に閃光が部屋中を駆け抜けた。

「あの、えーーとすみません非認可の逆転時計の使用が感知されたので回収、破壊に…セドリック!??」」

4

現われたのは2人の若者、と言うよりまだ成人もしていない少年だった。2人は気まずそうに話を始めたがニールを視界に捉えると幽霊を見るかのように驚いた顔をして叫んだ。1人は気を失うようにのけぞったがもう1人の少年が支えて抱き止め気まずそうに自己紹介を始めた。

「あーどうも…僕たち魔法省から命じられて粗悪な非認可の逆転時計の回収をしています。急に現われたのはすみませんでした。僕はアルバス、こっちはスコーピウスって言います。これはちょっとした罰則みたいな物で…皆さんの記憶はこの後さっぱり消してしまおうと思っていたんですがまさか君がいるとはセドリック…てっきりあの人に殺されたんだと…」

少年は泣きながら話し続け、最後の方には声にならなかった。もう1人の少年が彼を諭すように言った。

「落ち着けアルバス、セドリックが殺された歴史は変わらないよ。ここにいる人はセドリックに瓜二つだけどセドリックじゃない。残酷だけど。」そう言われると泣いていた少年は少し落ち着きを取り戻したようだった。

ニールが懐の銃に手をかけているのを認めて名無しの男が切り出した。

「すまないんだが君たち」警戒させないように笑みは絶やさず。

「ここのセキュリティをどうやって切り抜けてきたんだ?重大機密情報が詰まった保管庫はオリエンテーションで迷子が潜り込めるような部屋でははないはずなんだが」

スコーピウスが答えた。

「正直に言ってマグルのセキュリティを掻い潜るのは僕たちにとってはそう難しい話ではないんです。ましては逆転時計は時間と場所を指定して移動できる魔法道具なので鍵は無いような物…なので僕たちが回収しているんです。ほら、悪人が過去に飛んで自分たちの都合のいいように過去を改変したりしたら大変でしょ?なのでその時計はもらいますアクシオ!来い!

杖を取り出して叫ぶと逆転時計は勝手に飛び上がり、スコーピウスと名乗る少年の手に収まった。ニールは不意を突かれ銃を取り出す隙も無かった。なんだこれは?アルバスが口を開く。

「会えて嬉しかったセドリックにそっくりな人!僕たちは不当に殺された彼を助けてあげようととてつもなく大変な冒険をしたんです。結局うまくいかなかったしあなたはセドリックじゃ無いけれど…もし良かったらヨークシャーの聖オズワルド老人ホームに行って“エイモス・ディグリー”と言う老人に会ってあげてください。錯乱の後遺症で会話は難しいかもしれませんが…あなたの顔を見ればきっと昔を思い出して喜ぶと思います。あなたたちの記憶は残したままにします。ではさようなら!」

現れた時と同じように旋風と雷鳴を立てながら2人は消え去った。あっという間のことだったに固まってしまった場を溶かしたのはバーバラだった。

「未来人には見えなかったわね、どっちかって言うと…魔法使い?」

名無しの男が止めていた呼吸を一気に吐き出すようなため息をついた。

「この仕事をしていると理解できないものが唐突に現れる、謎を振りまいて去って行くことが多いが…今回のは格別に理解不明だった。この場に集まった理由も失われてしまったし…おのおの方、任務に差し支えなけえれば今夜は早く寝て忘れてしまうことをお勧めする。」

ニールは消えた2人が立っていた場所をじっと見つめて動こうとしなかった。

男が滅多に見せない意地悪そうな顔で「どうしたセドリック坊や?」と呼ぶとニールは口元を緩めながら彼の方を向いた。

「彼らは僕のことをそう呼んだ。僕にそっくりな人間がどこかで殺されて彼らに影を落としたんだろう。でも僕が生きていることを知ってその影をわずかだが払ってあげられたようだ。セドリックとか言う奴のことは知らないが、それでも、長く生きていられなかった僕に似たソイツのことを思うと少し考えが揺らいだんだ。」

「考え?」

「他人の心を傷つけないように死のうってね」

君はすでにそれに反し、今それをやっているんだ。と言いたいところを彼は無言でうなずいた。彼の死によって引き裂かれた男の心は彼との出会いによって傷を埋めつつある。

ニールが何か思い付いたかのように言った。

「休暇を貰ってもいいかな、両親に会いたくなった。それに…」

「ヨークだろ、一週間ほど取っても構わないさ」

消えた少年たちの言葉を思い返しながら男は思った。世界の未曾有の危機を救っているのは自分たちだけではない。自分たちがそうであることを仮に人に伝えても信じてはもらえないだろう。だから分かる。およそ信じられないような事を必死に伝える彼らの言葉の重みが。彼らの言葉に嘘はなかった。言葉の端端は捉え所のない専門用語だったようだが…感情的に出てくる言葉は真実を物語り、理解につながる。戻ったニールの処遇を少し改めなくては…彼にとっての未来は既に起きてしまったことだが、ニールの現在と存在をそこに収束して判断するのはやめよう。選ぶのはニール自身なのだから。



消えた先の世界、魔法省の小さく狭いオフィスの一角で2人の少年が興奮しがちに話していた。

「アルバス見たか!?フラーもいたぞ!」

「わーお2人のそっくりさんが付き合う時間軸があったなんて!」

無知は無邪気


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