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科学史の名著『古典力学の形成』におけるエラーについて

数学や物理学が、どんな風に現代の姿に磨かれていったのか、子どもの頃から興味を寄せていました。

そういうわけでこのテーマの本をいろいろ読んできました。とりわけ感銘を受けて今もときどき読み返しているのが、山本義隆の一連の科学史本です。そのなかの一冊『古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ』(1997年)はお気に入りです。


ただ、古典力学の各時代の原論文や著作を解読するにあたって、この方は後世に確定する原理や概念を使う(使わざるを得ない)ため、読んでいて頭がこんがらがることがあります。

たとえばジョゼフ=ルイ・ラグランジュの解析力学の著作を解読するとき、エネルギーとか仕事とか概念をどうしても記述の中に交えてしまうのです。フランス革命前後の時代に活躍した科学者の研究を語るのに、もっと後の時代に別の分野から持ち込まれた「仕事」や「エネルギー」の考え方を振りかざすのは、感心しません。

いちおう断り書きはあっても、この方は頭が良すぎるせいか、説明が実に簡潔なので気を付けないと読み飛ばしてしまいます。

今日再読して気になったのは「力のモーメント」という用語が出てくることでした。

なるほどラグランジュの著作のなかにこのことばは出てくるようです。少なくとも引用された文(の日本語訳)には「力のモーメント」ということばが何度も出てきます。

ただ、添付の数式をじーっと眺めるに、おそらくラグさまは今でいう「仮想仕事」のことを「力のモーメント」と呼んでいたのです。著者の山本もその点を気にしてか「仮想仕事」とカッコで補足を挿しこんでいます。

ああ、ああ、かえってややこしくなってしまっていますよ山本先生。あなたもご承知のように「仮想仕事」の概念は、もっと後の時代にできるものなのですよ

「モーメント」の概念と用語は、ラグランジュにとっては大先輩で師匠筋でもあるラインハルト・オイラーが提唱したものですが、それは回転体について使ったのです。私はラグさまのくだんのご著作を原文ですべてチェックしたわけではないので断定はできないけれど、想像するにラグやんはオイラーの「モーメント」を拡大解釈して使っていたのです。

そこをもっと慎重に説明すべきでした。

山本先生の科学史本はどれも傑作ぞろいですが、どうもこういう細部で詰めが甘いというか、生徒である私たちに向かって「このくらいわかるよな?」と振り向いてまた黒板に向かって数式をだーっと書き並べていく、そんな授業風景が脳裏をよぎるような記述をなさるところがあります。

もし将来、この本がちくま文庫とかで文庫化されるときには、どうかもうちょっと文を磨いてくださるといいかなーと愚考する次第でございます。

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