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マックス・ボルンの1926年6月論文を読んでみよう(その2)

その1からの続き。わずか5ページの予告編のなかに、当時のボルンの洞察が光っています。

Determinismus(決定論)、Indeterminismus(非決定論)というフレーズが論文終盤に何度も出てくるのが印象的です。

実は冒頭で、こんな思わせぶりなことばが出てきます。

"ich vermeide absichtlich das Wort„Übergangswahrscheinlichkeiten“
「遷移確率」という用語は本論考ではあえて使わないでおく

遷移確率ってわかりますか。原子において、電子がある軌道からよその軌道にいきなり跳んでしまうことがあって、それを Übergangswahrscheinlichkeiten(遷移確率)と呼んでいます。

実は私、この長ったらしいドイツ語名詞は、このボルン論文が出た1926年どころか、もっともっと前、たぶん1913年のボーア模型説あたりから使われてきたものだと思っていたのですが…

どうもボルンのこの論文が最初らしいです。少々びっくりです。

最初でありながら「わしはこのことば、あえて使わんぞ」と宣言しているのだからよけいびっくりです。

どうして冒頭でいきなりこういうへそ曲がりなことを彼は言い出すのか?

その謎解きは、後に回します。

今は論文を追っていきましょう。

ボーアの話が出てきます。

以下は生成AIによる翻訳なので分かりにくいのですが、紹介しておきます。

「ボーアは、光の放出と吸収に関する量子の概念のすべての原則的な困難が、短距離での原子の相互作用、つまり衝突過程にも現れることに注意を向けた」

これおそらく1913年に彼が提唱した原子模型論文のこと、でしょうか…

衝突についての言及ってあったのかな?

彼の師匠ラザフォードが、α粒子を原子にぶつけて内部構造を探るということをしています(1909年)。いわゆる原子核モデル。

ボーアの1913年論文は、それを受けての原子模型でした。

ボルンの記述は私にはどうもあいまいですが、要は電子やα粒子の原子への衝突について、唯一有効打と思われるのはシュレディンガーによる波動力学であるということのようです。

そしてこう続けます。「古典力学においてはAがBにどう作用するのか計算できるが量子力学ではそれが叶わない。そのことは原子内を回り続ける電子に限らず、無限の果てから跳んできて無限の果てに跳んでいくような電子についてもいえる。だが後者についてなら、行列力学ではお手上げだが波動力学であればそこそこ把握できることをシュレディンガーは示して見せた」

そうでしたっけ。シュはこの1926年に立て続けに波動力学の論文を上梓しているので、たぶんそういう主張をしているのだと思います。原論文の精読は後日行うので、今はボルンがそう言うのならそうなんでしょうということで続きを読んでいきましょう。

ボルン先生によると、シュ方程式を使えば、原子内にある電子についてはその振動を $${1/h. W_n^0}$$ で、直線的に進む電子については平面波として記述できるのだそうです。(どうして「そうです」と私の歯切れが悪いのかというとシュ論文の厳密な解読は未完なのでいくらボルンが断定しても私は断定しかねるからですいい性格してるでしょ?)

原子における電子軌道(ボルンは本当は電子軌道とはいわず「n 番目の量子状態」と慎重な言い方をしています)のうんと外縁になると、もはや直線に進む波と見なしていいので、それがほかの原子に衝突する場合、回折を起こすし、回折となればその際に原子と電子の相互作用のポテンシャルエネルギーが存在すると述べます。

ここから少々めんどくさい話になります。原論文には唐突に、

 $${τ=h^2/{2μλ^2}}$$ 

…という、よくわからない記号 τ(タウ)が、プランク定数 h や波長を表すとおぼしい λ(ラムダ)や、正体不明の μ(ミュー)によって定義されます。

なんなんでしょうねこれって。

ボルン先生によると、無限遠をゆく電子(の固有関数)は $${\sin\left(\frac{2\pi}{\lambda}\left(\alpha x + \beta y + \gamma z + \delta\right)\right)}$$ で、これはド・ブロイ波であることに着目すれば、そのエネルギー($${τ}$$)を $${τ=h^2/{2μλ^2}}$$ と表せるということのようです。

論文中には説明がないので、私が以下、補足説明するとですね…

ド・ブロイ波長の定義から、その運動量 $${p}$$ についてこんな式が出せます。


$${p=λ/h}$$
($${h}$$ はいうまでもなくプランク定数)


運動量がわかればエネルギー $${τ}$$ もわかります。


$${τ=p^2/{2m}}$$


ここに先ほどの $${p=λ/h}$$ を放り込むと…


$${τ=1/{2m}(h/λ)^2=h^2/{2mλ^2}}$$

わーい、ちゃんと導出できました。


これを使って、ボルン先生、z 方向からの電子について「こんな風に書き記せるねん」と、こんな風に書き記します。本論文用にこしらえた、独自の記法です。


その3につづくのだ~


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