死体から始まる「彼女」の物語(仮)冒頭下書き

それは、始まりを予感させる死体だった。
死体は、一面のシロツメクサ、白と深緑色の柔らかな絨毯の上で、仰向けになっている。真白のワンピースの袖から伸びた両手は丁度、みぞおち辺りで組まれていた。染めたてのような真白の髪は、その肩甲骨あたりまで及ぶだろうか、今は頭部を中心に、地面の上に均等に広がっている。微笑みを湛えたようにも見える口元には、ほんのりと赤みが差し、なんといっても、細かい皺がたくさん入った瞼の奥にある、つやつやと輝いた真っ黒のビー玉のような目は、(もちろんこれは想像だが、)これから始まる物語に待ち切れないと、再び外の世界の光をとらえる機会を、今か今かと待っている。そんなようだった。
それは、どこか幸せな余韻を残した美しい死体だった。
死体は、80分前までは死体ではなかった。もっと言えば、80時間前も、80ヶ月前も死体ではなかったし、さらに言えば、80年前も死体ではなかった。その死体が死体となる、ちょうど80年と5ヶ月前、美しい「彼女」はこの世に生まれ落ちたのだった。