2023年7月に読んでよかった本

氷 アンナ・カヴァン

VEE Dev-eの月白累たそが読んだと言っていた本を読みました。

いわゆる幻想小説に分類される。以下あらすじ

異常な寒波のなか、私は少女の家へと車を走らせた。地球規模の気候変動により、氷が全世界を覆いつくそうとしていた。やがて姿を消した少女を追って某国に潜入した私は、要塞のような<高い館>で絶対的な力を振るう長官と対峙するが……。

ちくま文庫 氷 アンナ・カヴァン

退廃的で、ほぼ全編通して鉛色の雲に頭を抑えられているかのような息苦しさがある。迫りくる氷の圧倒とそれから完全に逃げ切ることはできないという絶望感がある種の官能を生ぜしめている。それは四肢を拘束され逃れようとひとしきりもがいたあと諦めて力を抜いたときの感覚に近い。雪と氷の世界での死への旅路という点で少女終末旅行を連想した。どちらの作品でも人間が何をしようとも近い将来の死は避けきれないという点が共通している。
私と少女の官能的な関係──ほかの何をおいても少女を渇望するが、いざ少女を手にし、時間が経つと突き放す、そしてまた渇望する──は、どうしても作者がヘロインを常用していたという紹介を思い起こさせる。この作品がそのままその経験のメタファーであるとは思わないが、そういった経験への想像力を喚起させる。不条理といえば不条理だけど、この世界ではそれほど不条理ではないのかもと思えてくるほどにうつくしく、また説得力のある氷の描写が魅力的でした。

リトル・ピープルの時代 宇野常寛

村上春樹、ウルトラマン、仮面ライダーの批評を通じて、戦後日本社会を論じている。リトル・ピープルとは村上春樹の作品に出てくる造語で、ジョージオーウェルの1984年に出てくるビッグ・ブラザーと対になっている。題材のとっつきやすさもさることながら、文章が読みやすくてオススメです。

2023年7月現在、ChatGPT や StableDiffusion をはじめとする人工知能(AI)の発展がめざましいが、そのへんと絡めるとどうなるかなと考えながら読んだ。
AIの発展によって、再び虚構の時代が来るだろうか?
AIが発展しても虚構が再び力を持つことはないだろう。本書の言葉でいうと、現実の内部を多重化するその度合いがより深くなる、つまり、<拡張現実>的な世界がより深くなるだろう。その場合、任意の側面で切り分けた集団間の分断が加速するとおもう。なぜなら、多重化は相互理解にかかるコストを増やすだろうから。AI技術は相互理解もある程度は加速させるだろうが、分断の速度にはとうてい追いつけないだろう。地域、宗教、世代、どのような側面でも分断の度合いは大きくなり、相互に理解できる集団間の差異の分解能は小さくなるとおもう。経済分野で現在よりさらにグローバル化(大企業の独占化?)が進むのとは裏腹に、人々はより狭いコミュニティに閉じこもることになるのではないか……とおもう。にもかかわらず、やはりAI技術によってそれなりな社会のテイで社会が維持されるでしょう。

自分個人の展望としては、こういった人々をとりまくシステムへの想像力を忘れないようにしたいですね(ざっくり)。


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