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目標を描いて、塗りに行く

Webで活動する上での「目標」をたてます。
達成できたかどうか、客観的に測れる目標です。

なぜ目標をたてるかは後述するとして、まずは内容を具体的に説明しましょう。
三つあります。


目標① クレイジースタディに寄稿する

6月末に、初めてクレイジースタディに寄稿しました。

ライターとして迎え入れてもらえたので、継続して活動したい。
次に書きたい記事のアイデアは既にあり、情報収集を進めています。

一見「なんでもあり」に見えるサイトですが、記事には掲載基準があります。

好きに書けるnoteと違い、一定の基準を満たさねばなりません。
「第三者の視点をクリアした上での記事」を書けるようになることで、表現者としての価値が高まるんじゃないかな、と考えています。


目標② #朝礼フクイチ を毎朝ツイートする

5月頃から、毎朝 #朝礼フクイチ タグをつけたツイートをしています。
これを平日休日問わず、今年いっぱい続けるのが第二の目標です。

一応、以下のようなツイートを心がけています。
・140字いっぱいまで使い切る
・オチをつける

noteの告知など、これに当てはまらない日も多々ありますが、それでも毎朝8時頃、何かしらをツイートする。
「自ら生み出した文章を発する習慣」をつけたいです。
それと、朝に頭を使うことで、脳がラジオ体操をしているような、リフレッシュした気分になれます。


目標③ 「人類には早すぎるnote」マガジンに30本登録する

「おもしろい」と「なんだこれ」の微妙なラインを攻めたnoteを集めて、「人類には早すぎるnote」マガジンを作りました。

7月19日時点で9本登録されていますが、今年中に、登録本数を30本以上にしたいです。
だいたい一週間に1本追加すれば達成できる数字です。(マリナ油森さんの追加で、もっと多くなるかも)

これは、「自分が良いと思ったものを広める活動」であり、広い意味での自己表現です。
ほんのちょっとだけ、おもしろいnoteを読みたい人に貢献できたらな、と思っています。


三つの目標はこんな感じです。

さて。


なぜ目標を立てたか

日々、ネットで活動しています。
noteを書いたり、Twitterで遊んだり。
それはひとえに「楽しみ」を求めてのことです。

ところが、SNSには常に「数字」がつきまといます。
スキの数、シェアの数、フォロワーの数…わかりやすい「デジタルな評価軸」が光り輝いています。

私は、数字が気になります。

noteを1スキされるごとに、とてもうれしいです。
Twitterにシェアなんてされたら、一日中しあわせな気分になれます。

するといつしか、楽しむことを目的に始めたnoteも、
「スキがもらえるかどうか不安」
「誰からも感想をもらえなかったらどうしよう」
と、目に見えて現れる結果を気にするようになってしまいます。

ここで、こういう意見もあるでしょう。
「表面上の数字に振り回されるのは、よくない」
「他人からの評価は気にせず、自分のやりたいことを追求しろ!」
と。

でも、気になるものは気になるんですよ。
それを抑え込めと自己に強制する方が、苦しい。

だから、認めよう。
スキがうれしい自分、シェアで喜ぶ自分を認めよう。
「スキなんてもらえなくてもいいです、読んだひとの心に届けばいい」なんて、かっこいいことは言えない。

スキもシェアも、めっちゃうれしいもん。
その気持ちはごまかせない。

だけど、人からの評価は、自分の力では操作できない。世界に委ねるしかない。
意思が及ばない雑踏ばかり見つめて、それに依存する自分に気づき、そのたびに精神がすり減っていくのを感じていました。

そこで考えたんです。
評価が気になる自分は認めた上で、もうひとつ、創作活動において自分はこれをがんばる、と決めた軸を作ろう。
100%自分で考えた、どこにもない、私だけの物差しを作ろう。

それが、最初に挙げた3つの目標です。
自分のがんばりの反映度合いが高い目標です。

そして、「noteを書くこと」そのものに対しては、具体的な目標を立てません。
いつ何を書きたくなるか、全くわからないからです。
そこは、自分を自由にしてあげたい。


目標を立てるのは、モノクロの絵を描くことに近いです。
「こうなったらいいな」とイメージできるけど、なんとなく現実味がない絵。

その絵が彩色されたときが、目標を現実にできたときです。

で、スキ数やシェア数など、人の評価を目標にするのは、モノクロの絵に誰かが色を塗ってくれるのを待っているようなものです。
注目されやすいところにキャンバスを置いたり、フルカラーにしたくなるような下絵を描く努力はできますが、色を塗ってくれるのは他人。
通りすがりの人の手首を無理やりつかんで、絵筆を持たせるようなマネはできません。

もし、筆を持った人が近づいてきてくれたら、とてもうれしいです。
だけど、

あ、「だけど」じゃなかった。うれしいのはいいことなんだ。

それはそれとして、自分が頭からペンキをかぶって、全身カラフルになって絵に突進するように、能動的に描ける絵もあっていい。

どこに向かっているかもわからない日常よりは、見たい景色がはっきりあって、彩りを取り戻していく日々を過ごしてみたいです。

もちろん、「あ、こうした方がいいな」と気づくことがあったら、ちょっと鉛筆や消しゴムを持ち出して修正したりもします。
100%、自分軸の目標なので。


そして、このタイミングで、マリナ油森さんのnoteを読みました。

私が創作の安全地帯を作れるとは微塵も思っていないけれど、このnoteが各自の安全地帯を探すきっかけになるといいと思う。

私は「自分軸のデジタルな目標をたてる」ことを、創作の安全地帯にしてみよう。


もし、SNSに燃えさかるむき出しの評価軸が怖くなったら、ちょっと手元を見てください。
鉛筆が転がっていませんか。


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