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読書感想『十蘭錬金術』久生十蘭|小説を味わう楽しみ

ここには、「事件」をテーマにした十の短篇小説が集められている。

吉田健一が(無精して原本を探さずに、記憶を頼りに書かせてもらうのだが)、真に優しい人間でなければ残虐な行為はなし得ない、若しくは逆の、残虐な行為は優しくなければ、と言うようなことを書いていて、久生十蘭を読むと、とても良く納得してしまう。

つまり、十蘭の小説を大きく二つに分けると、一方に自然や他者の思惑から人間が残酷無惨な目に遭う題材の作品があり、もう一方には深い愛情によって救われる物語が(時には、艱難辛苦の末に報われるパターンも)ある。冷酷無比な世界を識るからこそ、愛情を求め、その成就が骨身に染みるし、優しさを持ちうるからこそ、人をどう痛めつければ堪えるか、理解出来る訳である。

どちらにしろ徹底的。徹底的なのはモチーフ選びのみならず、その教養、そのスタイリッシュな文体。さらに十蘭は自身に対しても冷然とした態度を課し、作者の気配を一切消し去る。フィクションであれ、実録物であれ、圧倒的な密度で描かれた文章は、読む喜びに浸るどころか、安心して溺れさせてくれる。

澁澤龍彦が(これも、うろ覚えのママ)、読めば分かるものを説明する必要はない、みたいなことを書評だか解説だかに書いていて、それはそうだと思うし、事件を扱った作品群なのだからネタバレにもなるし、ここで終われば良いのだけれども、『公用方秘録二件』の内『鷲(唐太モイガ御番屋一件)』の俊作と多沖について。

二人の素直さ、賢さ、辛抱強さ、日常の些細な出来事に仕合わせを感じる繊細さは、まるで犬みたいだ、と心を打たれて仕方がないのですが、犬好きの皆様はいかがお捉えでしょうか。

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