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ねこの手

猫の手も借りたい(ねこのてもかりたい)
とても忙しく、些細な手伝いでも望まれるほどに人手が不足していることのたとえ。

(ウィクショナリー日本語版 より)

人間では手に負えない窮地に陥った際のピンチヒッターとして突然駆り出される猫。かわいそう。
私はそんな猫の手に縋りついて日々暮らしている。
猫に世話をされていると言っても過言ではない。

今日のnoteは、猫のおかげで自身の異変に気づき、猫のおかげで今を生きられているという話。

なお、動物好きの方には特に聞き苦しい内容が途中出てくる。当時の過ちを自戒を込めて記録している。気分を害してしまうかもしれないため、先に断っておく。

我が家の大黒柱、ねこ

アイコンや本noteのバナーにもなっている猫こそが、我が家の偉大なるねこである。

スマホから顔を上げると大体目の前にいる

ラグドール(オス)、2才。
正式な名前はあるのだが、専ら「ねこ」と呼称されている。
考えうる全ての悪戯をするやんちゃ坊主。最近のトレンドは引き出しを開けて中身を漁ること。
反面、猫とは思えないほど人懐っこくて甘えたがり。初対面の人間にも全力で甘え、常に人間の傍にいたがる。実は犬なのではないかと思っている。
一人と一匹暮らしの我が家で、自宅警備と人間の世話を務めてくれている。


人間がねこの世話をしていた頃

書くまでもないことだが、ペットは飼い主の世話を受けて生きる。はじめはもちろん私がねこの世話をしていた。

一緒に暮らし始めた頃のねこは身体が弱く、持病があることもあって動物病院の常連だった。毎日足繁く通っては診察室で暴れ倒したり、入院してスタッフさんに甘えまくったりと紆余曲折の末、次第に体調も落ち着いた。

当時の私は仕事大好き社会人2年目。ねこと暮らすまでは何よりも仕事第一だったが、一転ねこが首位を独占。できる限り定時退社して、ねこの世話や看病に奔走していた。


多忙に呪われる人間、見守るねこ

ねこと暮らし始めて1年半ほど。私の歯車が少しずつ狂い始めた。

ねこの体調が落ち着いて油断したのか、私は再び仕事第一主義者に。弊社は真面目で熱心な人ほど割を食う環境であり、喜び勇んで割を食らっていた。

いつもドアの前で静かに帰りを待ち、鍵が開くと嬉しそうに鳴くねこ。この頃からは、日が暮れると遠吠えのように大きな声で鳴き続けるようになった。日暮れ頃に帰ってくるはずの人間は、すっかり真っ暗になってからようやく帰宅し、歓迎の鳴き声を「うるさい」と一蹴した。

ごはんは自動給餌器に一任。遊びは電動おもちゃに一任。世話を放棄し始めた。
それでも、ねこは毎朝私を起こしに来て、事ある毎に撫でを要求し、帰宅を出迎えてくれていた。


ワーカホリックの中毒症状

ねこは知らないうちに2才になっていた。1才の誕生日のときはウキウキでお祝いしていたのに。

社会人4年目の私は、あれよあれよという間に部署のトップに立たされ、キャパシティを二回り上回る業務量に忙殺された。断れず頼めない性格が災いし、人不足の穴埋めや上層が投げ出した業務のフォローを自分一人で抱え続けていた。
職場では誰もに陰口を言われているという幻聴や被害妄想に追い詰められ、自宅ではサイレンやクラクションの幻聴に晒されながら自己嫌悪と希死念慮に苛まれるように。

ねこは、私の不安定さに比例するように無駄鳴きが増えていった。訳もなく走り回る頻度も増えた。まともに遊んであげてすらいないのだから当然の反応である。
しかし、当時の私にはその行動すらもストレスだった。ねこの騒音のせいで近隣住民に悪口を言われているという被害妄想も併発していた。「うるさい」「黙れ」と毎日ねこを怒鳴り倒した。一番迷惑だったのは私の声だと思う。

人間から数m離れた先が定位置になった

いつの日か、ねこは一緒に寝てくれなくなった。時折撫でられにやってくるが、私と目が合うと怯えて距離を取るようになった。それを寂しいとすら感じられなかった。


“終わり”を終わらせてくれた日

これほどに破滅へ突き進んでいってもなお、私は現状の異常さを自覚できなかった。
「自覚したくなかった」という方が正しい。現状を知る友人からは何度も精神科の受診を勧められたし、幻覚症状の病識もあった。職業柄、精神疾患に関する知識もある。それでも受診を拒んだのは、どうしてもこのまま仕事を続けたかったからだ。

自宅ではベッドから動けず、鳴き続けるねこに向かって怒鳴り散らすだけの日々。掃除機がかけられず、ブラッシングもできず、部屋中が白い毛で雪景色。ねこの飲み水を継ぎ足すことすらできなくなり、ねこはキッチンの蛇口まで水を飲みに行くことを覚えた。

ある日、ねこしかいない部屋で異音がした。見に行くと、今まで開けたことのない棚の扉をねこがこじ開けて、中の食品類を食い破って荒らしていた。

とうとう、手が出た。
引っ捕まえて、叩いた。ねこは必死になって抜け出し、ベッドの下まで逃げ込んだ。それでも強引に引きずり出し、更に何発か叩いた。

今まで聞いたことのないねこの悲鳴で、ようやく我に返った。終わったと思った。ペットを飼う者として、人として。
頭が冷えていくにつれ、自分の現状に目を向けられるようになった。ねこの世話どころか自分の世話すらままならないのに、仕事に追われることで現実から目を逸らし続けてきた。
“終わった”のではない、ずっと“終わっている”のだ。

私の機嫌を伺うように、離れた位置から恐る恐るねこが顔を出す。
もう駄目だ、精神科に行こう、と思った。


ねこの手を借りて生きる

受診の結果、双極性障害と診断された。
入院の必要性も示唆されたが、家族の協力もあり自宅で療養することになった。
その代わり、続けたくて仕方のなかった仕事は休職することに。休職が決まったときは精神科なんて行くんじゃなかったと後悔した。正直、今もまだ少し思っている。

現在、休職3週間目。
ほぼ24時間ねこと一緒に過ごしている。

ねこは、私が休職した途端すっかり元の様子に戻った。もちろん些細な悪戯や突然の運動会は相変わらずである。しかし、大声の無駄鳴きや過剰な大暴れはしなくなった。いつも人間が傍にいるようになってご満悦らしい。

私の方といえば、どうしようもない生ける屍である。
受診日以外は基本的にベッドに寝たきり。服薬治療をしているはずなのだが、どうも先は長そうだ。
ねこの世話は相変わらず機械たちが担当しているので、私は一切世話をできていない。

そんな中、ねこは私の世話をしてくれている。
朝は、私が起き上がるまでベッドで一緒に過ごす。
日中、時折おもちゃを咥えてベッドに運んできては遊びに誘ってくる。持ってきたおもちゃを適当に放り投げると、走って取りに行き、また枕元まで持ってくる。このねこ、やっぱり犬だと思う。
来訪があるときは、私より先に気づいてドアまで駆けていく。
憂鬱になって寝込んでいるときは、傍に寄ってきて、私の顔面や腕にのしかかるようにくっついてくる。そのまま一緒に寝てくれる。
夜は、布団の中に潜り込んできて私の腕の中で寝る。

当然の権利のように腕を枕にしてくる


罪滅ぼしと、恩返しのために

一人で考え込む時間が増えた中で、約1年間荒れ果てていたねことの暮らしについて思いを巡らせる。
本当に、猫飼いとして有り得ない環境下に追いやってしまった。ねこは何事もなかったかのように私に寄り添ってくれるけれど、取り返しのつかない傷を与えてしまった事実は消えない。消してはいけない。

療養を始めて以降も、訳もなく死にたくなることが度々ある。そんなとき、ねこはいつも傍にいてくれる。寄ってきたねこを撫でながら、ねこがいる限りは生きなければいけないと思い直している。
ねこが今私を支えてくれているように、私がねこを最後まで支えてあげなければ。

一緒に長生きしようね。本当にありがとう。

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