歴史小話増刊号001【秦の天下統一から学ぶ組織運営】

構成:序論→歴史の確認→まとめ、現代への活用→反問
【序論】

秦の国は、中国国内が色々な国に分かれて対立していた「春秋戦国時代(BC770年~BC221年)」の初期においては、西方の野蛮な後進的な地域と見られていた。土地も貧しく、農業生産力=経済力の低い国であった。そのため人材も不足していた。

こういった状況下、秦は国をどのように成長させて天下統一へと繋げていったのか?

【歴史の確認】
<穆公の人材登用>

第9代の秦の君主である「穆公(ぼくこう)」は、国家の成長に優秀な人材が不可欠であることを痛感し、秦の国だけでなく、他国者であっても優秀な人材を招集することによって国力を増強した。特に穆公自身が乗り出して「百里奚(ひゃくりけい)」という優秀な人物を国外から登用し、宰相(総理大臣)に任命した。

百里奚は徹底した倹約策を導入し、国力増大の基盤を作った。

<商鞅の改革>

第25代「孝公」の時代には、西域との交易の活発化により徐々に経済力が上がっていた。一方、王族たちも権力を保持し、秦の君主であっても思い通りの政治が出来ていなかった。孝公は、穆公にならって、他国者でも登用する姿勢を見せたため、自国での出世の糸口(コネ)がなかった商鞅(しょうおう)が秦にやってくる。商鞅は、孝公の信任の元で政治改革を断行した。

商鞅は従来の人事制度や報奨制度を一新し、「功績があるものは身分に関係なく昇進させ、功績がないものは身分が高くても昇進させない。ルール違反は罰する」という明快な成果主義を導入した。

歴史用語でいえば、「法家思想の導入」や「商鞅の改革」と呼ばれるものである。

この改革のポイントは、孝公の後継者がルール違反をした際にルールに基づいて罰したことである。「どんなに身分が高くても(後継者であっても)罰する」という姿勢を貫いた。

「ダブルスタンダード」や「例外規定」を排除することにより、ルールの信頼性が担保され、秦の人間はルールを守るようになった。

この改革により、秦の国は官民一体となって国力増強が進んだ。

<昭襄王時代における秦の強国化>

第28代「昭襄王(しょうじょうおう、始皇帝の曽祖父)」の時代には、既に商鞅が改革した制度が安定運用されており、秦の国内の一兵卒から功績のあった「白起(はくき)」が大将軍に登用され、他国者である「范雎(はんしょ)」が宰相に登用されて天下統一事業が推し進められた。

昭襄王の時代は五十年を超え、秦の国力は他国を凌駕する地位を占めるに至る。

<始皇帝による天下統一>

昭襄王死後三年のうちに息子・孫がなくなり、曾孫にあたる始皇帝が13歳で即位する。

彼も他国から優秀な人材を集めて、明快な人事制度・報奨制度を維持して国内の安定を図った。

一方、敵国に対しては不満分子を裏切らせることによって内部崩壊を起こさせた。

一丸となった秦の軍隊と内部分裂を起こした国の軍隊では、秦の勝利は疑いようがなかった。始皇帝38歳の時に中国は統一された。

<天下統一後の組織運営>

【まとめ、現代への活用】
<穆公の人材登用>

・創業時には何よりも優秀な人材確保が重要。

・経営者自ら、ヘッドハンティングに乗り出すべし。

・出自によらず優秀な人材であれば経営陣に迎え入れるべし。

・支出を必要最低限に抑える。特に固定費。

※経営上、共通言語が採用されていることが前提

<商鞅の改革>

・誰にでもチャンスが与えられていれば優秀な人材自らやってくる。

・明確で公平なルールによる成果主義がやる気を促進。

・その際、ダブルスタンダードの排除が肝要。

・経営者自らが見本を示すことも重要。

<昭襄王時代における秦の強国化>

・制度導入も重要だが、継続運用も重要。

・その結果、より優秀な人材確保が可能となり好循環を維持。

<始皇帝による天下統一>

・明確なルールに基づいた組織は団結力あり。

・ライバルの中にいる不満分子を刺激して内部崩壊を誘発。

<天下統一後の組織運営>

・秦一国での成功事例を他地域へ強制適用し柔軟性喪失

 →成功体験への過度な依存

 →天下統一に伴う新しい事態に対応すべくルールが複雑化

・新規事業への過度な投資(大土木事業の敢行)

 →民衆(従業員)の疲弊、不満増大

・ワンマン経営者への依存

 →後継者育成失敗

【反問】

〇なぜ、秦以外の国では出来なかったのか?

・既得権益を有する反対勢力(王族・貴族)の反発を押さえられなかった。

・当初は他国の方が、秦よりも豊かで人材も豊富であったため改革の必要性に迫られなかった。

〇どうすれば、秦は短命で終わらなかったか?

・経営理念の明確化…ルールの整備にこだわるよりもシンプルな経営理念を明確化する必要があった。

→漢は儒教を国教化。儒教ベースに制度を構築。長期政権へ。

・適正投資の維持…過去の成功体験に基づく乱雑な投資は過剰負債と民衆(従業員)の疲弊を産む。常に財政状態(財務諸表)の分析などを通じて、現状を適正に把握し、現実的な目標を設定する。

→漢の時代に「公共事業の削減」と「塩鉄専売法による新たな収益源の確保」。長期政権へ。

・ワンマン経営への歯止めと後継者の育成…経営の誤りは起こりうる前提での制度設計が必要。

→漢の時代に「御史台(ぎょしだい)」という監査部門を設置。後継者の早期明確化と育成にも励んだ。

※400年に亘る支配の中で漢も制度疲弊を起こして崩壊。

『謙虚な現状分析と必要な改革実行が重要』

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