感傷マゾ的短編『8月15日』

 焼けつくような日差しに当てられて、なんだかぼうっとする。暑い。けれどもセミの声は風情がある。抜けるような青空。そして白い雲。どこまでも広がっているような空。全てが空に溶けて還りそうな気がする。港の近くで、海の青も眩しい。堤防の上に誰かがいる。一人の少女。白いワンピースを身にまとい、麦わら帽子を被っている。そして編み込まれたサンダルを履いている。それはどこかで見た夏の光景。少女は片手で麦わら帽子を押さえながら、僕の方を振り向いて言う。

「ラジオで大事な放送があるから、聞きに行こうよ。」

 その瞬間、白い羽が目の前にいっぱいに広がり、青空へ舞い上がっていく。こんなにも美しい風景なのに、亀裂が入ったような、壊れたような。その言葉は違和感。

 知らないうちに人が多い場所に来ていた。町の広場。皆、正座して地面に座っている。人々の視線の先にはラジオがある。ラジオから誰かの声が聞こえてくる。

『耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、…。』

 重々しい声。その声を聞いたことがある。テレビの少し昔の映像だった。とても偉い人。許された人。今も偉いけれど、意味が変わった人。いったい、僕は何を思い出している?また頭がぼうっとしてくる。相変わらず日差しは強い。空を見ると、青空は青空だが、そこには「透明さ」が無かった。人々はラジオの声を聞いてすすり泣いている。視界から消えていた少女が、いつの間にか僕の目の前にいて、顔を覗き込んでくる。微笑んでるようにも、無理に笑顔を作っているようにも見える表情。

「終わったよ。あれが。それはあなたにとっては記録だと思う。だけどね、記憶としてきちんと手触りを残しておいてほしいの。私みたいな夏のかたちだけじゃないってことを。」

 麦わら帽子が風に吹かれて飛ぶ。少女は消失した。僕は失った。思い出した。青空は「透明さ」が無くても、それはそれできれいだ。白い雲が、キノコの形に見えた気がした。

よろしければサポートお願いします。サポートで本が買えます、勉強が進みます!