猫の傍にいたという夢のお話

書き留めてしまったら、陳腐なものになる。美しさを凡人が表そうとしたら、そうなるのは常だが仕方がない。

私は彼を同性だと思っていた。文字でしか知らなかったので、その構成される文章に特有の繊細さがあったから決めつけてしまっていた。ここでいう「特有の」とは、性別云々ではなく、純粋に他と一線を画す彼の個性である。
彼の文章は、俯瞰していたかと思えば真正面から捉えたり、おふざけをしているようで真面目さが見え隠れしていたり。
時々奇抜なことを発信して退屈しなさそうだけど、煩くはない。周りに『実はあの子は繊細』と思わせる、少し天然が入った女性を連想させた。
「この女性とセックスしたいな」そう思ってDMを送った。
程なくして女性でないことが判って驚きはしたが、その人自身に興味があれば、私に特段不都合はなく、会う約束をした。

待ち合わせの場所は混雑していて、ダークトーンのコート姿で溢れていたが、その日の穏やかな午後の光が差込むように明るかった。(実際陽が差し込む構造の建築なのかは覚えていないのだ)
同じような服装の人ばかりだけれど、私には「この人だろうな」って人が分かっていて、示された服装の特徴が合致すると、俯いてスマホに目を遣る彼を下から覗き込んだ。

「綺麗な子だな。」脳内に言葉が浮かぶ。

ありきたりな、いちいち覚えてもいられないような会話をしながら目的地まで歩いた。

部屋に着いて荷物を置き、彼はベッドへ腰を掛けた。疲れているのだろう。私も彼も遠方から来ていたが、彼の方が距離があった。
まだ立ったままの私と目が合うと、両手を広げる。「女の子が喜ぶやつか。」という冷めた脳とは別人格を持っている身体は、そそくさと腕の中へ向かってしまった。

彼は細身なので、抱き心地は良くなさそうという印象は一瞬で崩壊。包み込まれる感覚は、体格差から生まれるものかと思っていたが違うのかもしれない。気持ちのいいハグをする才能というものがあるのだろうか。彼の書く文章に似た繊細さが、男性の骨格を際立たせていたことに意表を突かれたこともあるだろう。意外性、認識の不一致は、時に快感を呼び起こす。
唇を重ね、カチャカチャと金属音を鳴らせて服を脱いだり脱がせたり。理性を本能が上回るまで時間は要しなかった。

セックスそのものについてはまたの機会に書く。
行為中は頭の中で「綺麗な男の子だな」と言葉が浮かんだと思ったら、それをもう口に出していて、「セックス中の『可愛い』は男性器が言ってるから信用してはいけない」っていうのはこれ?今私はバグってるってこと?バグっていても実際にそう思うってことは、それなりに信用できる言葉じゃんとか考えていた。でも、今こうして、美しさがあるって一貫して主張してるのだから、セックス中も別にバグってないのだろう。

私の好きな体位を好きなだけ楽しませてもらって果てた後は、きっとお互いにどうでもいいと思いながらとりとめのない話をした。彼の名誉のために特筆すると、彼の話は面白い。パーソナルな点において興味を持って話をしているかどうかについてはどうでもよく思っていたのだと思う。
前述の通り、私より遠方から来ていた彼は疲れていて、眠そうにしていた。目を閉じて布団で口元を隠している姿に、真冬に布団の中に潜り込んで私の腕枕で眠る猫を思い出し、髪に手を伸ばした。猫のものとは似つかない芯のしっかりとした髪質を感じながら撫でているうちに、「今私が感じている彼の美しさは、文章にしておきたいと思うかもしれない」そんなことを考えていた。
長い睫毛にキメの整った白い肌。鼻筋が通っていて口角が少し上がっている。ほら、美しいでしょう?でも見た目の美しさだけだったら大して印象に残らないだろう。自分の容姿はそれなりに整っていると自覚のある人だけが持つあざとさがないと。物語の中の悪者が美しいのは、人を惑わす狡猾さがあるから。それが容姿の美しさを際立たせる。彼には女性を惑わしてきた過去を感じた。

私の名前に特徴がないと薄く笑って言った彼は、もう私を全て忘れてしまって、1度抱いたから興味も失っていることだろう。

私は、嬉しいことがあった時、誰かに知ってほしいと思う性分だから。「美しい人と出会ったよ」と、誰かに伝えたかった。世間的にも倫理的にも「善人」ではなくて「悪人」に位置するであろう彼は、誰にも懐かないで、好きな時にその時に好きな人に甘える、猫のような人で、美しかったよ、と。

ルイス・キャロルが書くような穏やかな昼下がりに、美しい猫の体に額を当てて足を絡めてうたた寝をした。そんな夢のお話。

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