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地方の縮図(山口編)

 晩夏の頃、不動産評価のため山口へ出張した。

 不動産鑑定評価手法に「取引事例比較法」という手法がある。評価対象不動産と類似した幾つかの不動産の取引事例を参考に価格を算出する手法だ。

 沿線沿いの取引事例を確認するためJR宇部線に乗った。一時間に一本程度の本数の二両編成ローカル線だ。列車は草茂る単線路の上をガタンゴトンとゆっくり走っていく。停車駅は殆どがベンチ一つで駅舎のない無人駅ばかりで乗降客もまばらだ。

 列車は程なくしてある無人駅に停車した。駅のベンチには一人のおじいさんがポツンと座っていた。プシュッという音とともに扉が無造作に開いたが、おじいさんはじっとしたまま一向に立ち上がろうとしない。

 運転手はおじいさんに乗車するのか声をかけたが、おじいさんはその声が聞こえないのか下を向いて黙ったまま返事をしない。仕方なく扉がプシュッと閉められ、列車はまた静かに動き始めた。

 車窓から遠ざかっていくおじいさんの姿は、どこか寂しげで「たそがれ」を感じさせずにはいられなかった。残り少ない命が尽きるのを静かに待っている蝉の姿にどこか似ていて何ともやりきれなかった。

ここは山口 立派な駅舎がある駅



 この街は一体どうなっていくのだろう。高齢化で地方の人口はどんどん減っている。人口増加は街の活力の源であるというのに出生数よりも死亡数の方が多いのだからどうしようもない。地方は概ね皆同じような状況だ。

 心の底によどんだ水溜まりがいつまでも乾ききらずに残っている。私には未だにあのおじいさんの姿が頭にこびりついて離れないままだ。
 いけない、いけない。もっと楽しい思い出を披露したいのに・・・。

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