石川ね子

日記をパラパラと記録しています。 (人物の名前は仮名です)

石川ね子

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最近の記事

超新星爆発のようなこと

 世田谷文学館へは自転車で行く約束をした。本腰の入らない日差しに、日焼け止めを塗ってこなかったうかつさも許されるような初夏の正午前。待ち合わせはなべころ坂のてっぺん。待ち合わせの5分前に着いた私は自転車から降り、電柱の陰に隠れ待機する。  15分遅れてコジマはターコイズブルーの自転車に乗って「おお」と言って現れる。グレーの肉厚なニューバランス。自分がいま履いているコンバースの4倍は値が張るやつだ、と私は即座に勘定をする。  私がターコイズブルーの自転車にまたがっているコジ

    • アボカドの友人

       無職になったアヤからアボカドをもらう。近くの八百屋で15個300円で売っていたのでお裾分けだという。  うちに帰り、袋から出そうとアボカドに触れた途端、皮がぶよっとへこんで腐っていると分かる。切ってみると断面には黒い筋が無数に走り、種には白いカビのようなものが生えていて食べられる箇所はない。3個中2個がそんな具合で、残りの1個はかろうじて食べられそうなので、種をくり抜いたへこみにオリーブオイルを垂らし、あら塩をぱらっとして、スプーンで実をすくって口に運ぶ。傷んではないもの

      • 電気の消し方

         校正作業も最終段階に入り、美々さんが「お昼に行こう」と立ち上がる。スタッフ3人連れ立って事務所を出るが、部屋の電気は付けられたまま。太陽が眩しい昼間でも廊下に面した窓から漏れる光が明るい。消しに戻りましょうかとドアの前にいる美々さんに言うと、「いーのいーの」と遮るように鍵をかけ、たったと先に階段を降りていく。  さっきまで、〈自分を大切にるすことがまわりを大切にすることにつながる〉といった趣旨の原稿に向き合っていた。美々さんの書いたものだ。「ホリスティック」という言葉も初

        • リクエスト

           ピーター・バラカンのラジオから、今日何度目かの妻へのバースデーソング・リクエストがかかる。 「今週の28日は妻・ナオミの52回目の誕生日です。趣味が高じて三十半ばで会社員からドロップアウトした小生に、文句ひとつ言わずついてきてくれたナオミに感謝を込めて、彼女が大好きなBilly Joelで何かご機嫌なやつをお願いします」  ラジオから流れるサプライズが約束済みの音楽。笑顔をこぼす我が妻を見て、満足そうにほほ笑む夫。  どこか遠い惑星で、そんな光景が繰り広げられている頃

        超新星爆発のようなこと

          ハンバーグ

          「スーパーに売っているあとは焼くだけのハンバーグのタネってあるでしょ。ひき肉コーナーの横とかに置いてあって、もう小判形になっているやつ。二個で300円くらいかなあ。あれ、あのまま焼いちゃダメで、いったんボールに入れて崩してからまた成型するの。一個は少し大きめにしたりして、形もちょっといびつなくらいでいい。焼くのはね、いまどきのオーブンレンジならハンバーグを焼くメニューがあるからお任せで問題なし。あとは、冷凍ブロッコリーとかチンして付け合わせにして、コンビニサラダも皿に盛り付け

          ハンバーグ

          ハーブティー

           美々さんの新しい仕事の手伝いをすることになり、青山の事務所を訪ねる。初めて顔を合わせる名島さんはご結婚されていて、パートナーは人気の料理家だそうだ。名島さんの顔は眠たげで白い。  一時間ほどで仕事の話が終わり、名島さんはそれまで仲良くしていたモデルの女の子が結婚してしまって寂しいといった雑談をし、「ずっと同じ人といると飽きるよね。なんで結婚するんだろう?」と小さく言い残して帰っていった。 「あの夫婦ね、いまは関係があまりよくないんだけど、名島くんが私と寝たらさ、彼の気の

          ハーブティー

          スッポン

           蒸した朝。林試の森公園の池のまわりで三人のおじさんがスッポンを探している。おじさんの1人は、ストローを挿した1リットルの牛乳パックを片手に大きな石の影あたりをじっと覗き込んでいて、ときどき顔を上げてストローを口にする。  スッポンかと思ったら亀だったということがしばらく続き、おじさんたちはそれぞれに「仕方ねえなあ」といったようなことを呟く。池に横たわる丸太の上には、連なった亀がそれぞれの方向に首を伸ばしている。  自分の足元の生い茂った草向こうに黒々としたスッポンを見つ

          スッポン

          仏壇

           27歳のとき大麻で捕まり、出所してからはずっと知人の家を転々として暮らしているよっちゃんは、居どころを変えるたびに仏壇を買うという。  特定の誰かの仏壇というわけではなく、「しいていえば自分のハートをまつるため」の仏壇。そしてまた頃合いが来たら仏壇を残して、次の家に転げ込む。 「ハートはここ(右手の親指で自分の胸を指し示す)にあるからね」と言って、口髭の隙間からよっちゃんの歯がのぞく。  ここで「だったらいちいち仏壇買うなよっ」とツッコミが現同居人から入るが、よっちゃ