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連載小説【夢幻世界へ】 3−3 バシュラール・宗玄・ニンファ

【3-3】


 朝目覚めると、郭公かっこうの鳴き声が聞こえた。清んだ清涼の薫りでいきなり貞子は覚醒した。この突然感はなんだろう。起きる前の記憶がその一瞬前までは濃密に存在するのに、覚醒後のまたたく瞬間に、夢の記憶が剥がれ落ち、最後には残滓ざんしすら思い出せない状態になる。あれ、わたしは今まで何を考えていたのだろう、貞子はいぶかしむ。


「おはよう、貞子さん。よく眠れたかね」

「おはようございます、あ、あのう、そういえば、あなたのお名前をお聞きしてませんでした。なんとお呼びすればいいでしょうか?」

 白髪の老人に向かって、貞子はおずおずと尋ねた。

「そうじゃのう。呼び名はなんでもいいが、わかりやすくしようかのう。

『大爺』でどうじゃ」

「バシュラール先生、またいい加減な」

 若い背の高い男が吃驚したように口を出した。

「ガストン・バシュラール、先生のもともとの名前です。私たちはバシュラール先生とお呼びしています。もちろん、名前というものが、そのものの本質を全て捉えているとは限りませんが、それにしても、この由緒正しき名をお示しになってもいいのではないですか?」

「もうその名前で舞台には立っていないのじゃよ、宗玄そうげん。わしはできれば『老賢人』として、この場で踊っていたいのだ」

「名前は体をを顕すって言うわね。『バシュラール先生』も、とっても素敵な名前だけれど、親しみを込めてわたしは『大爺』と呼ぶわ。いいでしょ?」

「もちろん、大歓迎じゃ、では貞子さん、始めていこうかの」


「これからの会話は、貞子さんの血となり肉となる。認識の獲得があなたの本質を上位部へ持ち上げてくれようぞ。ではまずこの問いから。

『実存』とは?」

「ジツゾン?実際の存在?生きていること?かしら」

「貞子さんはここにいるということを、どう思っているのかのう?」

「それは、昨日からの疑問でもあるわ。なぜ私は今ここにいるのかしら、とは考えるわね」

「そう、いまここにある、自分とは何か?それを問うことをしてみようと思う。自分とは何か?いまここ、とは何か?」


 大きな羽根が舞う。風が起こり、貞子は顔を腕で覆った。一瞬何が起こったのか理解できなかった。目の前に、空と、羽根の生えたニンファが浮遊している。

「プリミティブ・セクシーな、わ・た・し、登場」

「わあお」

「虚構内存在としての主人公と、現実世界の組み合わせね。その世界どうしに梯子はしごをかけて、境界を飛び出そうとしてみれば、知りたいことがわかるかも。お手伝いしましょうか?」ニンファが問いかける。

「大爺、これは何?」

「イマージュとしての『跳躍』じゃ。その具現化としてニンファが来たと思えばいい。なぜニンファなのかは、わしの趣味じゃ」

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