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センスの正体を言語化してみる

前回は花の「美しさ」について考えました。
その過程で、花の持つ美しさとセンスの
共通点を見つける事が出来ましたので
今日はセンスの正体について書いてみます。

花とセンスの共通点

まずセンスとは何でしょうか?

物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き。感覚。また、それが具体的に表現されたもの。

デジタル大辞泉

美しさ同様、言葉に表すのが難しいですね。

花の世界でのセンス

花の世界でもセンスは存在していて
例えば同じ花材を使って
同じ見本を見ながら作っても
必ずみんなバラバラになります。
切る長さを指定しても
挿す場所を指定しても、
出来上がるのは十人十色です。

入口と出口は一緒

以前書きましたが
花を挿す技術そのものはとても簡単で
まっすぐ挿すのみです。
なのでそこに差はほとんど存在しません。

素材(スタート)と見本(ゴール)は同じ。
しかも技術に差がないとすると、
一体何の違いが
結果に表れるのでしょうか?

頭で作る設計図の違い

例えば丸い形を作ろうと考えると、
頂点が一番高くて、段々低くなる。
とイメージする人が多いです。 

しかしフラワーアレンジにおいては
そうするとキレイな丸にはならず
どちらかというと
三角形に近くなることが多いです。

これは実際は頂点の花も
その一つ外側の花も
ほとんど高さの差が無いのに
頂点を意識し過ぎる為に起こります。

高さの差を付けず
上辺を平らに意識して
どちらかというと四角をイメージして挿すと
丸くなだらかな円を表現出来ます。

頂点が一番高いと考え
頂点を高く挿そうとする人と、
頂点はそんなに飛び出してないと考え
頂点を平らに挿そうとする人。

「考え方」という設計図が違うと
10人居れば10の設計図出来、
結果10種の丸い形が出来上がります。

センスの違いとは
この設計図の違いだと思います。

複雑化する設計図

これはこう
こういう時はこう
ここがこうなら……

恐らく制作者自身も
言語化出来るほど
全てを把握してる訳ではなく
いわゆる感覚に従って作り上げる。

しかしそこには
作者の明確なルールが存在して
そのルールに従って組み立てられ
一つの形を作り上げます。

自分の中に無意識に存在するルール。
その無言で無数のルールを
複雑に組み合わせた設計図を基に
一挿、一筆、一彫り、一縫を繰り返し
形にしていきます。

どの工程で何を注意するのか?
どの順番でどうやってカタチを作るのか?
その工程と組み立て方の違いが
結果、完成物の差となり
作り手のセンスとして現れます。

どちらもキレイな部屋になる

センスには好みが存在します。
何故好みが分かれるのでしょうか?

それは自分の中にある設計図と
相手の中の設計図が似てる時に
センス=共感を感じ
「センスが良い」と感じるからでしょう。

例えば掃除をするとき
・掃除機をかけてから拭き掃除する人
・拭き掃除してから掃除機かける人
共に「掃除をした部屋」になりますが
掃除のセンスは同じではありません。

先にホコリを取っておかないと
きれいになった気がしなくて気持ち悪い。
拭き掃除でもホコリは取れるから
先に掃除機をかけるのは家事効率が悪い。

どちらの方が
あなたにとって心地よい部屋となるのか?
これは意見が分かれるでしょう。

センスには好き嫌いが存在しますが
そこに優劣はありません。
センス悪い=悪ではなく
価値観の不一致と言うだけであり
自分と似た設計図を描く人に
共感を覚えるに過ぎません。

自分にないモノに感じるセンス

一方で自分にないセンスにも惹かれます。
これはなぜでしょうか?
実はこれも「ルールの共感」が原因です。

センスは考え方の違いであり
無数の無言のルールの組合せ、
つまり設計図に依存しています。

ふとした時に
自分がしたことのない
ルールの組み合わせを垣間見た時
「なるほど!そういう組み合わせがあるのか!」と
自分の中にこれまで無かった
設計図を発見した時にもセンスを感じます。

センスはあなたの中に

あなたと同じセンスに共感を覚えたり
あなたにないセンスに心踊ったり

好きなセンスに囲まれて
素敵なセンスに刺激を受ける

センスを言葉で表すには
宇宙の摂理を言葉で表す様に
複雑で膨大な設計図が必要ですが
花を美しいと思うくらい
シンプルにとらえることの出来るものであり
言語化する必要のない
あなたの中の宇宙そのものです。

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