石田徹也という画家について

 タイトルの彼を御存じでしょうか。

 私は画集を持っています。これは、かつて私がもっと若かったころ、出入りしていたライブハウスによく出演していた人が、きっと私に合うと勧めてくれたからです。

 イースタンユースという、大好きなバンドがあるのですが、そのアルバムか、CDジャケットに彼のイラストが採用されていたんですよね。

 二十代前半、二十歳過ぎくらいのころ、衝撃を受けました。

 上質な筆致で、とにかく世の灰色さが徹底的に書き込まれているんですよね。
 それは、重苦しく、とてもエンターテインメントと呼べるものではありません。
 では、常人に理解不能で複雑なものかというとそうでもないのです。

 たとえば、社会に出て社会人として味わうことの無意味さ、無感動、すり減るもの……言いつくせない暗い感情があらゆるものを覆い、閉ざしていく様がひたすらに描き尽くされているのです。

 なぜ、なぜこんなに暗く重苦しいものを描き続けるのだろう。
 でも、確かにその絵は、私が当時感じていた、今も感じている世に対する失望というものを充分過ぎるほど現わしていました。
 あるいは、何かに必死になれる人も、今自分のやっていることに、確かな価値を感じている人も、絶対に一度は見たことのある灰色の感情を、描きつけていたのです。

 正確な筆致です。写実的なほど。誰もが見た事のある、当然に触れている、見ている、日常的で清潔なあらゆるもの。それらを、灰色の感情で見てしまったときの、あの無味乾燥で、醜くくだらないとさえ思えてしまう感覚が、見事なほど描かれているのです。

 叩きつける情熱ではありません。いえ、作業への情熱という意味では、氏は友達と楽しく飲んでいるはずのときも、ふと絵を描かなければならないと言って突然切り上げて帰ってしまうほどなのですが。決して、熱を感じる絵ではないのです。

 システムの中で、人間が摩耗し、倒れていくさま。それを誰も気にしないでシステムが続いていくようす。この世の冷たさ。繰り返し繰り返し、それが何度も現れるのです。

 また、そんな風にしか世の中を見られない自分自身というのか、それも容赦ないほどにえぐり続けているのです。

 私は読んでいませんが、左利きのエレンによれば、デザイン業界の競争は激烈なようですね。自信を持って入って来た人が、さらに強い才能に打ちのめされ、苦悩する様がこれでもかと描かれているようです。

 では、石田徹也は? 彼はいわゆる芸大に通っており、在学中からイラストレーションのコンペに入選していました。画集の作品の中にも、スポーツ誌のNumbersに掲載された作品があります。一日中絵を描き続けて来たほどの、絵が好きでしょうがない人が、勝ち取りたいと願うような、その競争のなかでも一頭地を抜ける実力と才を持っていたのです。

 でも、彼の絵は。彼の絵は社会に価値を見いだしていませんでした。

 彼の中で、飲み会とは、上司というパワーショベルが、酒を叩きつけて来るだけの場でしかありません。

 年長者とは、怒りのままズボンのチャックを下して小便をするように、説教を放ってくる怪物です。
 
 女性とは、ずたずたに傷つけられたことを背負い、男を捕食するクラゲです。

 セックスとは、二人が背を向けて横たわり、間に川が流れているさまなのです。

 家庭とは、子どもが押す乳母車の中で、ぼんやりと横たわること。

 葬儀とは、壊れたお父さんの部品の残骸を、家電用の段ボールに収納して、業者に送り返すこと。

 でも、絵を描くことはやめられない。『なにかずっと描いて』いるのが、彼だから。

 左利きのエレンの主人公が、得られなかった全てを得ても、石田氏は満足しなかったのではないでしょうか。いや、そもそも、生きることに、満足という概念があったのかどうか。

 彼は空虚さと痛みを見つめ続けました。それを、描き続けました。

 そして三十代という若さで、踏切事故により亡くなっています。一説には、自死に近いともいわれています。

 以前私は、自殺を戒めました。

 だけど、氏に同じことは言えません。あるいは、今この世に、何の価値もないと考えている人には、どうしてもかける言葉がありません。

 どこにどう生まれ、どう過ごした結果かは分からないけど。虚無そのものになってしまった人に、かけられる言葉が見当たらないんです。
 それよりも、虚無を見つめて生きることが、どれだけの痛みを強いていたのか。痛みを抱えて生きるしかない自分を、どんなふうに見つめていたのか。

 生きることの痛みを想い、唇を噛んで黙ることしかできないのです。

 どうしょうもない痛みを抱えた人が居たということ。そして、その人が自らの痛みを見つめ続けて、精一杯絵を描いて生きたということに、手を取ってねぎらってあげたい。
 そう、思うだけなのです。きっと、彼の精一杯の形が、この生き方だったというだけのことなのです。

 石田氏の絵は、不安と恐怖を私に与えます。でも同時に、あの虚無の痛みは、自分一人だけのものじゃないんだ、とも思わせてくれます。

 今、生きていてくれよ、というのは、氏には過酷だったでしょう。
 よく生きてくれた、描いてくれたよ。そう静かに言葉をかけたい人です。

 御覧になってみてください。できれば、画集を買っていただけると嬉しいです。

 このNoteには彼の絵と波長が合う人がたくさんいるかも知れないと思ったのですが、あまり氏について書かれている方が居ないようなので、私が書きました。

 ご逝去から年月は経ちましたが、氏の御冥福をお祈りしたいと思います。
 無理かも知れませんが、魂の世界では、明るい絵を描かれていることを願います。


 ライトノベルを書く上で、彼を知っていることは、むしろ不利に働くことでしょう。

 この世を肯定できない、この世は無価値という考えと、そう考えてしまうことの痛み。そんなものは、ライトノベルにはいらないのかもしれません。少なくとも、昨今の流行ではないでしょう。まあ、敵役として、ワンチャンあるかも知れないかなあ、といった程度でしょうか。

 あるいは、それゆえに、既存の商品を、薄っぺらく感じてしまうのかも知れないけれど。

 私は、氏と氏の絵を知っていて良かったと思います。
 氏の絵のせいで、私の作品が暗くなり、編集者や現代の読者からはねつけられて、涙を流すことになる、というなら。
 それは、きっと、喜びの涙なのでしょう。

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